【やり直し軍師SS-51】第三皇子は翻弄される⑨
私の目の前に、小さな街が完成した。これが遺跡の街の原型となるのか…。
多少不足があるが、それでも議論に値するほどの、立派な模型の街。自分もこの作業を手伝ったのだ。私はまだ見ぬ未来の街の姿に重ね合わせ、少なからず感動を覚えた。
「これは見事な物ですね」
ウィックハルトらロアの側近も、そしてリヴォーテも、口々に模型への賞賛を口にするのがなんだか誇らしい。
「さて、ここからが本番ですよ」
腕まくりをするサゼンと、腕を組んで真剣に街並みを見つめるロア。そうであった。ここから問題点を洗い出し、対策を検討しなければならない。場合によっては父上に持ち帰って相談せねばならん物もあるだろう。
休暇とはいえ、せっかくこの場にいるのだ。必要な情報を私が持ち帰った方が効率が良い。
早速ロアがいくつか気になる点を口にして、サゼンがそれに合わせて建物を動かす。しかしながら流石父上というか、概ねでは区割り図のままで問題なく進められそうだ。
「……他には問題なさそうですか?」
「そうだね。あとは実際に工事を進めてみながら、都度対応しようか。ロカビル皇子、いくつか陛下に伝言をお願いしたいのですが」
「ああ。任せておけ」
こうして一通りの打ち合わせが終わり、あとは材料の準備などに入ることになった。今回の用件は終わったようだ。これ以上はやることがない。
我々は町を離れ、王都ルデクトラドに向かうことになる。
部屋を出る直前、私は密かに、完成した街の模型のひとつを優しくそっとなでた。
それは他の建物よりも少しだけ不恰好な、私が造った大切な模型であった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あら、やっと来ましたね。遺跡はどうでしたか?」
王都ルデクトラドで出迎えたサリーシャ様は、その右手を少女と繋いでいた。ルルリアとも仲の良い娘、ルファだ。
「……なかなかに有意義でしたが……そちらはどうされたのですか? というか、なぜまだ王都に?」
先に帰ったのではなかったのか?
私の視線が繋いだ手にあることに気づいたサリーシャ様は、ふふふとその手を少し上げた。
「良いでしょう? ここ数日、ルファちゃんに街を案内してもらっていたのよ。王都にとっても詳しいの、この娘」
「サリーシャ様が街にですか? 護衛もなく?」
「護衛はちゃんとおりましたよ。ご心配なく」
流石に王都で大きな心配はないだろうが。まあいいか。
「で、今日もお出かけするの、じゃあね」
「いや、そんなにのんびりしていて良いのですか? それに、義妹は?」
早々に立ち去ろうとするサリーシャ様に疑問をぶつけるとと、「ルルリアは先にゲードランドに行ったわよ」という返事。
「ではサリーシャ様だけ残られた?」
「ロカビルを一人置いて帰るわけには参りませんから」
「そうですか」
気持ちは有り難いが、やっていることが父上と大して変わらない。いや、これも仕返しの一環か。
……昨年の父上の電撃訪問もそうだ。そして今回のサリーシャ様も、ルルリアも、奔放さが実によく似ているなと改めて思った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
私は帰国して早々に、父上の元へ向かった。少々久しぶりの父上は、心なしか痩せたように見える。
「父上、ただいま戻りました」
「ああ」
「それで、ロア殿からいくつか伝言を預かっています」
「……それ、サリーシャの役目ではなかったのか?」
「……ですね」
「……全く……」
2人顔を見合わせて、笑うしかない。
「とは言え、サリーシャ様も遊んでいたわけではありません。いくつか我が国の益になる提案を、ルデク王とまとめられたようです」
「……ああ、その辺りは早馬で連絡が来た。いずれも前向きに検討するべき内容であったわ。全く、文句が言いづらい。サリーシャの方はまあ良い、ロアからの伝達とやらを聞こう。向こうの部屋に作成した区割り図の模写がある。そちらにゆくぞ」
「はい」
「……ところでロカビルよ。何か良いことでもあったか?」
「は?」
「……いや、気のせいなら良い。今後はたまに休暇を取るようにせよ。なにか趣味でも見つけろ」
「はい」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
初代グリードル帝国皇帝、ドラク=デラッサの息子、ロカビル=デラッサ。
グリードル帝国の内務を支えた優秀な人物だが、兄弟の中では地味な存在だ。
ただし、皇帝の子、という意味合いに限れば。
彼は忙しい中、暇を見つけてはドールハウスとそれを使った街の立体模型の制作に勤んだ。
中でも帝都の一部を切り取り再現した、「帝都シリーズ」と呼ばれる一連の作品は、その見事な出来栄えと、初期の帝都を偲ぶ貴重な資料として、後世まで帝立博物館で大切に保管されている。
これによりロカビル=デラッサは、”ジオラマ”という一大趣味を生み出した趣味人として、100年先まで多くの人々から崇敬を集めるのだった。




