【やり直し軍師SS-507】南征(16)リヴォーテの日記 出張編③
「んお? リヴォーテ? 何してんだ?」
入ってきた人物を確認し、俺は扉が乱暴に開いた意味を理解する。本人は粗暴な振る舞いをした認識はないのだ。ただ、力が強すぎただけである。
「飯屋にいて、飯を食う以外の理由があるか? ディック」
「それもそうだぁ」
ロアの側近の1人であるディックとは、ルデクの王都で度々顔をあわせる仲だ。畏まるような関係ではない。
それにしても、よくもまあこのような店を見つけ出したものだ。こやつは食い意地が張っているからな。
笑いながら巨体が店に踏み込むと、その後ろからもう1人の人物が現れる。
「誰かと思ったら、リヴォーテ殿か」
「む。トール殿も一緒であったか」
第七騎士団の騎士団長、トール=ディ=ソルルジア。こちらはディックとは違い、そこまで接点はない。
2人は当然のように俺の横に座ると、トールの方が話しかけてきた。
「もう食事を終えたところであったか。味はどうだ?」
「うむ。かなり美味い。今、店主と……」
そこまで言いかけてところで、俺はふと気づく。トールの見た目。この男は南の大陸の血を引いているはずだ。
言葉を止めた俺に対し、やや首をかしげるトール。
「つかぬことを聞くが、トール殿は南の大陸の言葉は?」
「ああ。この見た目だからか。南の大陸に足を踏み入れたのはこれが初めてだが、言葉に関しては問題ない。祖父が家でも南の言葉で話していたからな。大抵の言葉の意味はわかるぞ」
「む。そうか。ここで会ったのも何かの縁だ。貴殿とディックの飯、俺が奢ろう」
「ああ? 突然なんだ? 良いのか?」
「うむ。構わん。その代わりと言ってはなんだが、少々頼みたいことがあるのだが……。まあ、食べながら話そう」
そう言って俺は店主に代わってカロの説明をし、2人分の料理の注文をするついでに、自分にも、もう一杯おかわりを頼んだ。
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「なるほど。カロのレシピを知りたかったのか。任せておけ。俺が覚えておいて、後で紙に認めよう」
「助かる。感謝する」
「いや、礼には及ばん。俺も初めて食ったが、これは美味い。帰国してからもぜひ食べたいからな」
そう口にしながら、更に残ったカロをパンに塗りつけると、口に放り込んだトール。トールは辛さに強いようで、涼しい顔でカロを平らげている。
対照的なのはディック。ディックはあまり辛さに耐性がないのか、最初からずっと滝のような汗をかいていた。
しかしスプーンを動かす手は止めない。なお、ディックは普通のと蜂蜜入りの両方を注文済みだ。
そうして食事が一段落する頃には、ちょうど他の客もはけ、店主がカロの手順をトールへ教えてゆく。
「とにかく大事なのは、ホメロを×××することと、エノルカと、××モゼラをしっかり炒めて、××××しながら煮込むことだ。逆に言えば、ここさえ守れば他に何を入れてもそれはカロと言える」
「なるほど。思ったよりも単純なのだな」
「ああ。家庭料理だからな。味の調整は色々試してみてくれとしか言えんが。先にも言ったようにノノススやコレアの××、××××したポウなどがあると味に深みがでる」
「了解した。教えてくれて感謝する。謝礼はいくら払えばいい?」
トールに言われた店主は予想していなかったようで、少し驚いた顔をして首を振った。
「別に大したことを教えちゃいねえ。謝礼なんか……」
「そうか。では、せめてルデクの兵たちにこの店を広く喧伝しておこう」
「ああ。そうしてくれ。その方がありがたい」
欲のない店主だ。俺もなるべく喧伝しておいてやろう。
「店主よ、感謝する。それとトール殿、助かった。後で人をやるので、其奴にレシピを渡してくれ」
「お? リヴォーテ殿はこのあと忙しいのか?」
「いや、今日はこのまま街の視察をしたいと思っている」
「なら俺たちと一緒だ。なあディック」
「そうだぞぉ。俺たちも休みだ」
「む。俺は休みというわけでは……」
「せっかくだ。このまま今聞いた香辛料を買い求めにいかんか? どれも腐るものではないし、今後、店を覗いて回る時間が取れるかわからんからな」
……確かにトールの言う通りだ。帰国してからは手に入りにくい香辛料があっても困る。それに、現地で買い求めた方が価格も安い。
「……そこまで言うのなら……」
「よし、じゃあ決まりだ」
こうして俺は、思わぬ面々と共に、異国の店をそのいて回ることになったのである。




