【やり直し軍師SS-506】南征(15)リヴォーテの日記 出張編②
料理が運ばれてくるのを静かに待っていると、ふと、店主がこちらを見る。
「すまん。聞くのを忘れていた。あんた辛いのは平気か?」
「なんだ? その、カロというのは辛い料理なのか? ……南の大陸の人間でも、食べ難いほどか?」
北の大陸の人間は、比較的南の大陸の人間ほど辛さに強くはない。
俺は基本的にはなんでも食べるが、南の大陸の民が強く辛みを感じるほどならば、些か不安ではある。
「いや、こっちの人間なら、まあ普通か少し辛い程度だ。が、幼子やたまに辛いのが苦手な奴もいる。そういう客のために、蜂蜜を混ぜてやることもできる」
「蜂蜜? 辛い物にか?」
それは味のバランスが崩れてしまうのではないだろうか?
「ああ。意外かもしれんが、少し混ぜてやると味がまろやかになる。どうする?」
そのように言われては、俺としても選択肢はない。
「ならば両方食う。2皿くれ」
「はははっ。了解した。もう少しだけ待ってくれよ」
蜂蜜を入れると辛味がなくなる料理、一体どんな物なのか。そもそも、辛い料理に蜂蜜というのは他の辛い料理にも適用されるのか。蜂蜜なら北の大陸でも気軽に手に入る。帰ったら試してみよう。
そんなことを考えていると、ついに料理が運ばれてくる。
「お待ち。こっちの白い器が普通のカロ。もう一つの青い器が蜂蜜入りのカロだ。そのまま食べてもうまいが、この硬いパンを浸したり、パンの上に具材を乗せて食べるのもお勧めだ」
「む。わかった。頂こう」
見た目はスープにしてはどろりとしている。スプーンを差し込むとわずかな抵抗がある。
まずは普通のカロの香りを確認。想像通り、非常に多くの香辛料の香りが、鼻腔を暴れながら駆け抜けてゆく。
入っている具材は根菜から何かの肉まで多彩。一杯で十分に満足できそうなボリュームである。汁物といったが、煮込み料理に近いのかもしれない。
よし。
俺は心を定めると、カロを口へと運んだ。途端に口の中いっぱいに広がる刺激。確かにこれはなかなかの辛さだ。すぐに額から汗が滲んでくる。
だが、美味い。
この旨味は香辛料からだけではない。具材となっている様々な野菜や肉の旨みも、渾然一体となっているのだ。
俺は2度、3度と忙しなくスプーンを動かしてから、一瞬視界の端に入った、パンの存在を思い出す。
店主が言う通り、軍部が遠征に使うような硬めのパンだ。ひたすか具材を乗せるか少々迷い。まずは具材を乗せて食べてみる。
口内でみりみりと心地よい音を響かせたながら噛み切ったパンを、カロの具材と共に咀嚼すれば、また新しい扉が開く。
これは良い。
さらに新しいパンを一枚カロに浸してから、俺は今度は蜂蜜入りのカロにスプーンを伸ばした。
「ほお、確かに辛味が緩和されているな」
思わずそう口にすると、店主は「だろう?」と笑いかけてくる。
風味などに大きな差異は感じないのに、辛味だけがまろやかになっているのは非常に不思議だ。
「うむ。蜂蜜入りも良いが、俺は普通の方が好みだな」
額の汗を拭いながらそう口にすれば、
「へえ。あんた結構食える口だな」
と楽しそうにする店主。
蜂蜜入りカロをしばし楽しんでから、満を持して、浸しっぱなしにして柔くなったパンを掴んだ。染み込んだカロを垂らさぬように、注意しながら口へと招き入れる。
うむ。良い。
この店の料理は大当たりだ。南の大陸の料理の中でも、己の中で上位に入るほどの。
もちろんモリネラに滞在中は通うとして、祖国に帰っても、これはまた食べてみたい。
「店主、一つ相談があるのだが、北の大陸に支店を出す気はないか?」
唐突な俺の提案に、きょとんとした顔をする店主。
「支店? うちの料理を気に入ってくれたのはありがてえが、まだ俺もこんな小さな店を構えるのが精一杯だ。支店なんてとてもとても」
「むう。そうか。それは残念だな……」
「なんだ、そんなにカロが美味かったのか?」
「ああ。今のところ、この街に来て一番だな」
「へえ……。支店はともかく、カロの作り方、教えてやろうか?」
「な!? 良いのか! 秘伝だろう!?」
「いやいや、そんな大層な物じゃねえよ。俺の地元じゃ家庭でも普通に作られている。ただまあ、香辛料の配分や選び方で味わいは大きく異なるがね」
「なるほど、ポージュみたいなものか」
「ポージュ?」
「北の大陸の家庭料理だ。入れる具材や加減が家によって違い、味わいが変わる」
「ああ。じゃあ多分、そんな感じだ」
こうして俺は、カロのレシピを教えてもらえることになったのだが、少々問題が。俺は南の大陸の言葉はある程度しかわからない。レシピのような込み入った話だと、わからぬ単語が多いのだ。
「しまったな。今、手頃な紙もねえんだ」
店主も困惑。
「む。一度俺が何か書けるものを買ってこよう」
そういって立ち上がりかけた時、店の扉が乱暴に開いた。




