【やり直し軍師SS-499】南征(8)
サーバルスの報告を受けたブラノアは、鼻歌を歌いながら、地図に新情報を貼り付けてゆく。
「なるほど、流石は生ける伝説。慎重かつ大胆な動きを見せてくれる」
「は。対面の場は帝国上皇の独壇場でございました」
「だろうな。だが、そんな上皇の陰で、こちらを探るものがひとり、か」
ブラノアは書き連ねたいくつもの紙の束を掴むと、ルデクの地図の前に立った。
「おそらくロア=シュタインは、帝国上皇を餌に、モリネラ側の反応を探っていたのだろう。うむ。背後に何かあると訝しんでいるな。だからこそ、これほどの大軍を率いてやって来たのか。英雄が2人。いずれも噂に違わぬ人物。実に、実に厄介だな」
厄介と言葉にしながら、口元は自然とゆがむ。笑みが溢れるのを抑えきれない。鼻歌もだんだん大きくなる。
「モリネラ王より『どうすれば良いか』と」
ブラノアの奇行に対して一切反応せず、指示を待つサーバルスが問うてきた。
「幸い相手は、大軍で来たことが足枷となっている。モリネラ王には『とにかく時間を稼げ。理由をつけて船着場の工事を遅らせろ。ただし、相手に気取られない程度に』とお伝えせよ」
「モリネラ王にできますでしょうか?」
「それは心配ない。わざと工事を遅らせたと露呈すれば、窮地に立つのはモリネラ王ご自身だ。精強と知られる北の大陸の猛者たちが、モリネラ王都を火の海にする未来とてありえる。必死になってどうにかする。……念の為、さりげなく今の懸念も伝えておけば充分だ」
「は。確かに」
「今、モリネラに入れている諜報は何人だ?」
「私を含め、20名です」
「他を手薄にして構わん。50名に増やせ。いや、100名にしよう。なるべく優秀なものを選べ。可能な限りの情報を集め、私の下へ持ってくるのだ。ドラク=デラッサ、ロア=シュタインの情報はもちろん、参加している将官から、一般兵、船乗りに至るまで、全てを」
「確かに承ってございます」
サーバルスが退出しても、ブラノアはなおひたすらに、紙片にを地図に貼り付け続けた。
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やれやれ、やっと上陸か。
ジュノスは小さくため息をついた。船酔いとは無縁のジュノスであっても、流石にそろそろ陸が恋しくなって来たところだった。
港に停泊して早々に上陸した指揮官クラスや、熟練の兵士ならともかく、一般兵は船を置く場所が決まるまで洋上待機となっていたのだ。
今、街の近くの入江を大急ぎで改装して、船を受け入れる準備を進めている。
ジュノスのような新兵扱いの下っ端は、本来であれば一番最後の下船となるのが常だ。だが、少々事情が変わった。
モリネラの許容限界を超えた兵数でやって来たため、受け入れ施設が全く足りておらず、急遽、宿泊用陣営の必要に迫られたのである。
設営などの雑事は新兵の役割であったため、予定を変更してジュノスたちが先に船から下ろされた。
もちろん船着き場はできていない。小舟を使っての往復輸送だ。ジュノスが乗っている舟の周囲からも、無数の小舟が岸に向かって進んでいる。これはこれで、なかなか壮観な眺めといえた。
そうして大地を踏みしめてみれば、まだ若干波の上に立っているような不思議な感覚が残っている。
「上陸したものはすぐに移動だ!」
上官の声で慌てて走り出す兵士や、長い船上生活ですでに足取りが重くなっている兵士を横目で見ながら、ジュノスはのんびりと列へと加わった。
隊列が妙にピリついているのは、ここが戦場であるという認識からだろう。船の上のはしゃいだ雰囲気が全くない。
今からこんな空気じゃ、先がもたねえだろうに。
上陸したからといって、すぐに実戦投入などあり得ない。もしそうなら、先に上陸するのは新兵ではなく、経験豊かな兵士たちだ。
つまりこの段階で、俺たちはむしろ安全な場所にいるのだ。
少し考えれば分かりそうなものだが、そこに思いが至らないのは、やはり“戦場”と言う言葉に浮かされているのか。それとも、個々の緊張が伝播しているのか。
ぼんやりとそんなことを思いながら、客観的に己を眺めてみれば、驚くほどに落ち着いている自分がいる。
ジュノスは足を進めながら、友人であるシャンダルの事を思い出していた。
ゴルベルの王子シャンダルが、ジュノスにくれた助言を。
『君が、ザックハート様を超える将になればいい。ルデク筆頭の将軍、ジュノス。そう呼ばれるように。君が名を馳せれば馳せるほど、君のお父様の名声も上がるだろう。或いは聖騎士団の再評価も行われるかもしれない』
俺がザックハートを超えるためには、上陸程度で動揺している場合ではない。
ザックハートが、そして父、ショルツが疾駆した実際の戦場。
それを思うと、ジュノスは緩やかに気持ちが高揚してくるのを実感するのであった。




