【やり直し軍師SS-50】第三皇子は翻弄される⑧
私達が連れていかれた部屋には、少々異様な光景が広がっていた。
その異様さを醸し出しているのは、部屋の一角に積み上がった大量の小さな家、家、家。それぞれ形が違い、商店や宿を模した物もある。
「陛下には予定通りの縮尺で図面を作成していただけたようですな」
サゼンは嬉しそうに区割り図を広げると、細かく見聞していった。同時進行で隣にも似たような大きさの羊皮紙を広げ、数名の人間が書き写し始める。
父上の作成した区割りと同じ物が、人海戦術で早々に模写されてゆく。
「サゼン殿。これでいかがですか?」
複写を命じられた者達が確認を願い、検分したサゼンから、いくつか細かな指示が飛んだ。
細かな修正している間に、ロアが父上の補足をサゼンに説明していると、その間に模写は完成。
「どれ」
サゼンとロアが真剣に見比べることしばし、さらにわずかな修正が入り、「よし」との声が上がる。
そうして父上の作成した原本は丁寧に仕舞われ、今度は模写された方を広げ、次々と家の模型が置かれてゆく。
「これは何をしているのだ?」
溜まりかねて口を挟んだ私に、サゼンが答えた。
「こうして小さな街を作ってみるのです。より完成のイメージが湧きやすいし、問題点も確認できます」
説明を受けている間に、外から大きな模型も持ち込まれた。遺跡を再現した物であると分かる。それが区割り図に置かれると、急速に立体的な街が浮かび始めた。
「このような手法は見たことがない」
父上も完成予想の絵を描くことはあったが、ここまで手の込んだやり方はしていなかった。私の言葉にサゼンは、したり、と大きく頷く。
「そうでしょう、私も初めてです。ロア様に依頼されるまでこんな物を作らせていただくとは思ってもおりませんでした」
サゼンに話を振られたロア。
「サゼンさんは元々、ゲードランドで船の模型を作る職人さんなんです。設計図をまず模型で再現して、実際の製造に落とし込むんですよ。グリードルにも提供した帆船も、雛形はサゼンさんが作ったんですよ」
「ほお」
帆船は知っている。確か、今はゴルベルで製造しているはずだ。
「で、帆船の縁で話を聞いていたら、頼まれれば建物の雛形も作ることもあると。それで今回の計画を立ち上げた際に、協力を仰いだんです」
ロアの紹介にサゼンは苦笑。
「……まさか、街ひとつ分の模型を作成することになるとは思いませんでしたが……」
「大変な作業なので、申し訳ないなとは思っています」
「いえ、とんでもない! これほどの大きな計画に関われることになるなんて、職人としての誇りですよ。実に楽しくやらせてもらっています。さ、作業を進めましょう」
ロアとサゼンは、区割り図に書かれた指示を確認しながら、ひとつひとつ建物を設置する。サイズの合わないものもあったが、こちらはわざわざ作り直すらしい。
……なんだか、楽しそうだな。
「えっと、宜しければやってみますか?」
サゼンが私に建物をひとつ、差し出してきた。顔に出ていたか?
「良いのか?」
「ええ。まだ仮置きですから。最終的にちゃんと接着するまでは如何様にもできます」
ならばせっかくだ。参加させてもらうことにしよう。
手に持ったのは4階建てのしっかりとした作りの模型。器用に看板もつけてある。小さな文字を読むと宿屋のようだ。
それをそっと指定された場所に置くと、なんとも言えぬ愉快な気持ちになる。これは、楽しい。
その後も私は昼飯を取るのも忘れて、黙々と建物の設置作業に勤しんだ。
「今日はここまでにいたしましょうか」
サゼンに言われてハッとした。気が付けば、既に部屋には灯りがついてる。自分でも驚くほどに熱中していたようだ。
ぐうっと伸びをしながら設置した模型達を眺めると、まだ三分の一も終わっていない。
「お疲れ様でした。助かりました」
礼を述べるサゼンに私は鷹揚に頷く。
「明日もこの作業をするのか?」
「ええ。夜のうちに模型も増やさないとですね」
「夜のうちに模型を作るのか?」
「はい。想定していない建物の指定もありましたし。設置してみて想像と違う部分もありましたからね」
サゼンの模型を作るところ、見てみたい……
「もし迷惑でなければ、見学させてもらっても良いか?」
「は? 模型を作るところをですか? 地味で面白い物ではないですが……」
「いや、構わぬ。邪魔はしないと約束するし、邪魔と思ったら追い出してもらっても構わん」
私の申し出に困惑したサゼンは、ロアに助けを求めるように視線を移す。
「サゼンが問題なければ良いんじゃない? なんなら僕も立ち会ってみたい」
「……まあ、別に良いですが……」
こうして夕食も早々に済ませると、サゼンの作業の見学へ。
私は翌日も、そのまた翌日も模型の設置を手伝い、夜は模型作りを見学する。
3日目の夜、サゼンが言った。
「随分と熱心にご覧になりますね。良ければひとつ、作ってみますか?」と。




