【やり直し軍師SS-5】ショルツ⑤
「……で、あるから、聖騎士団の活躍はひいてはーーーー」
全くと言って良い程、心に響かない長々とした演説を聞かされている聖騎士団。
滔々と話しているのがリフレアで軍務を統べる大臣であり、兵士達を鼓舞するべき立場であることを勘案すれば、最早これは恐るべき才能と言って良い。
内容の大半が自慢話。それ以外はなんとかして自身の優位性を誇示するための威嚇。今から出陣を控える者たちに対して、ねぎらいの言葉ひとつない。
現在のリフレアを象徴しているような、極めて空虚な演説である。
流石にあくびをしている兵士はいないが、その表情は皆、無だ。
「さあ! 我が聖騎士団よ! ルデクの邪悪な者どもを悉く打ち果たして参れ!」
本人は会心の演説だと思っているのだろう。その表情には満足感が浮かんでいる。だが、兵士は誰も応じようとしない。
それでも「うむ。我が檄を受けて、なおも統制の取れたものよ!」と満足げな様子。その精神力には些か感心する。
そんな厚顔無恥な大臣の「出陣!」の言葉に併せて、聖騎士団は足取り重く宗都を出発した。
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「……やりきれんものだな」
エルドワドが呟いた。
エルドワド程の男がそのように言うのだ。部下たちの気持ちを思えば、ショルツは忸怩たる思いに囚われる。
愚か者どもの尻拭い、そんな言葉が頭をよぎる。
しかも今回、ショルツは非情な選択をした。士気の低い兵を優先的に前線に送り、ルデクの兵士との潰し合いを狙うのだ。仮に戦いに勝っても、ショルツの心から罪の意識が消えることはないだろう。だが、それでも、教皇猊下や、この国に住まう人々のことを思えば、自分の決断に後悔はない。
過日、この戦いの陣頭指揮を取るサクリはショルツの提案を受け入れ、兵士の配置を決めた。数は多いが、犠牲の大きな場所に士気の低い兵士たちを配置したのである。
ーー全ては、勝利のためにーー
エルドワドの部隊は後方に配置した。武勇ならショルツが上だと思うが、聖騎士団の中でも、こと用兵においては頭ひとつ抜けた存在だ。重要戦力であることは間違いない。
フェマスまでの道中、いくつかの街で休息を取る。どの街も、領主は歓迎の言葉を述べるがその表情は冴えない。
どこも食料がないのだ。軍に無理やり徴収されるのではないかという恐怖と困惑が混じった感情が、嫌でも伝わってきた。
それを見た聖騎士団の士気はまた、ゆっくりと沈んでゆく。今回の戦いを支える程度の兵糧は確保している。だが、その分街から食料は消えた。それは兵士の誰もが理解している。
まして上層部はわれ先に食料の確保に走り回ってるのも知っている。出発前に自分の薄っぺらい演説に酔っていた大臣も、自分たちの食べ物を得ることだけはちゃっかりと行っていたのだ。
俺たちは誰のために戦っているのか。
兵士たちがそんな気持ちになるのは仕方がないことだと思う、だが、それでも負けは許されない。
サクリの策は悪くないと思う。サクリの予想通りに事が運べば、勝てる見込みはかなり高い。それに兵数で言えばこちらの方が圧倒的に優位だ。決して勝ち目の薄い戦いではない。
ショルツは自分に言い聞かせるように、何度も何度も心の中で繰り返しながら、運命の地、フェマスへと向かってゆくのだった。
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無数の打ち合いの末、ショルツより先にショルツの槍が限界を迎える。
金属製の柄にも関わらず、簡単にぼきりと折れた。
ザックハートの巨槍をまともに受けてはひとたまりもないことは分かりきっていた。故にどうにかいなしながら戦ってきたが、それもここまで。
せめてその辺りに転がっている兵士の槍を手にできれば……。しかしそれも難しかろう。今、ザックハートから目を離せば、その隙をザックハートが見逃すことはない。
ショルツは肩で息しながら、腰にあった剣を抜く。
「お主ほどの好敵手との決着が、武器の強度の差というのは少々残念なことだ……だが、ここは戦場。これもまた、運命である」
ザックハートは目を細め、ほんのわずかに首を振った。そんなザックハートにも無数の傷がついている。特に最初に弾かれた肩当ての部分はショルツが執拗に狙った事で、肉が裂け、動くたびに血が吹き出す。
にも関わらず、槍の勢いが減じることはない。まさに、怪物。
「……心配は無用。まだ私は戦えるのでね」
「その心意気やよし!」
破顔するザックハートに、苦笑するショルツ。
強がってはみたが、ショルツは覚悟の時が来たことを悟った。
サクリは無事逃げ果せたであろうか。
最後の頼みを、自分の願いを叶えてくれるだろうか。
レベッカ、ジュノス……もう一度お前達を抱きしめたかった。
オーレン、すまない。せめてお前達は、お前達だけは無事にーーー
「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!」
ショルツは雄叫びと共に、ザックハートの間合いに飛び込んだ。
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リフレアの命運を賭けた、フェマスの大戦。
結果は無常なものであった。リフレアの誇る聖騎士団は壊滅し、リフレアの象徴であった大本山は灰燼に帰した。
それでも今のところ大きな混乱がないのは、ルデクの融和政策が効果を発揮しているからに他ならない。
特に大きいのが、ルデクからの食糧支援だ。
元より食べ物がなかった状況に加えて、一部の貴人が食料を買い占め、さらにフェマスの大戦のために街村からかき集められた。
ーーこのままでは、冬は越せないーー
大きな不安を抱えたリフレアの国民に対して、ルデクは十全ではないものの、きちんと人々に行き渡る程の食料を提供してきた。
自分の食べ物を奪い取ったリフレアの上層部と、自分たちに食料を提供した侵略者。どちらに感謝をするかといえば、語るべくもない。
本山が燃え落ちるという衝撃的な光景を目の当たりにした宗都の市民も同様だ。現在はただ粛々と敗北を受け入れようとしているように見えた。
そんな中に、灯りが消えたような家がひとつ。
ある日その家に、ルデクの兵士がやってきた。
「ショルツ=パシェットの家はこちらか?」と。
対応したオーレンは、レベッカ、ジュノスの子供達を守るように抱き抱えながら、「……そうですが……何か?」とルデクの兵を睨みつける。
「……すみませんが、ご家族一同ご同行いただきたい」
有無を言わせぬ兵士の言葉。
オーレンに拒否権はなく、ただ、言われるがままに馬車へと押し込まれた。
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「貴殿らが、あの将の家族か……」
わけも分からぬままに連れてこられた一室には、老いて尚、尋常ではない雰囲気を醸し出す偉丈夫が待ち構えていた。
オーレンは恐怖に青ざめる。そんな様子を見た偉丈夫は「案ずるな。何かするつもりはない」と口にする。
それから改めて、「ルデク第三騎士団、騎士団長のザックハートという」と名乗った。
「なぜに私たちがこのような場所に……」
子供達を守らんとする一心で、気丈にもオーレンはザックハートを睨みながら言葉を返す。
ザックハートはそんなオーレンを見てから、ゆっくりと目礼。そして、
「貴殿の夫、ショルツを討ったのはわしだ」と言った。
「!?」
言葉の出ないオーレンに、ザックハートは続ける。
「戦場に立つ以上、これにわしが恥いることは何もない。だが、あの者は実に立派な最期であった。今でもショルツから受けた傷は疼くほどだ」
「……」
「わしはショルツにリフレアの武人の意地を見た。故に気になっていた。残された家族はいるのだろうかと。そしてようやく時間に余裕ができ、貴殿らを探し当てたというわけだ」
目の前に、夫を、ショルツを殺した人間がいる。オーレンは憎しみと、そしてショルツがそこまで讃えられたことに悔しくも僅かな嬉しさも持って、なおもザックハートを睨む。
「……ショルツの、尊敬すべき将の妻と、その子らよ。お主たちの生活は今後わしが面倒を見る。そうだな……、期限は下の息子が成人するまでとしよう。あの誇り高き将へ対する、わしなりの敬意と捉えてもらって良い」
「……………………そんなもの、受け取れません!」
オーレンは絞り出すように叫んだ。ザックハートは何も言わず、オーレンの言葉の続きを待つ。罵られることは覚悟の上、そんな表情だ。
だが、オーレンの言葉は続かなかった。
「お母さん、受けよう。この人の、お世話になろう」
唐突にジュノスが言ったのだ。
「ジュノス、あなた、いったい何を……」
オーレンの言葉には顔も向けず、まだ幼さの残るジュノスは、ザックハートをまっすぐに見つめる。
「貴方の施しを受けます。でも、忘れないでください。僕が大きくなったらお父さんの仇を討つ。貴方を僕の手で、討つ! それが嫌なら、この場で僕の首を飛ばしてください」
「ジュノス!」
オーレンが流石に止めた。このままでは、息子はこの場で斬られてしまうかもしれない。
「ザックハート様! 子供の言うことです! 罪は全て私に!」
慌てるオーレンに、しかし、ザックハートは破顔した。
「うむ! その志はよし! 名はなんという!」
「ジュノス、ジュノス=パシェット」
「よし、ジュノスよ。わしは待っておるぞ! お主が父の仇を討てるだけの実力を身につけるのを! だがこのままでは足りん。力も、何もかもだ!」
「っ! それでもっ!」
「ジュノスよ、騎士団に入れ。そうだな、まずは見習いからだ! 成人するまでたっぷり鍛えてやる!」
「バカにするな!」
いきりたつジュノスへ、ザックハートはとても優しい顔を見せ、ゆっくりと諭すように話す。
「バカになどしてはおらんよ。ジュノス。だからこそ、騎士団へ誘うのだ。ではこうしよう、騎士団に入れば、見習いでも給金を払おう。その金でお前が母や、姉を養うのだ。どうだ?」
「……分かった」
「ジュノス!?」
「母さん。僕がパシェットの家を守る。そして父さんの仇も討つ。だから安心して」
覚悟を決めたジュノスの顔は、ひどく大人びて見える。
「では、決まりだな」
満足そうなザックハート。
これは後に、ザックハート最後の弟子としてその名を歴史に刻んだ、ジュノス=パシェットの、最初の一歩であった。