【やり直し軍師SS-498】南征(7)
早々にモリネラの王宮内へと誘われると、そこには円卓が置かれていた。
急遽用意したのだろう。装飾は申し訳程度の花瓶がポンと置かれるのみ。とにかく身分の上下のない場を作ったという感じだ。
多分、僕だけであれば謁見の間での会談予定だったのだ。けれど予期せぬ闖入者がいた。初代帝国皇帝ドラク=デラッサである。
加えてウラル王子の存在もあった。宰相と王家では当然扱いが違う。特に、陛下の帝国での発言力を思えば尚更。
というわけで、僕らが席について大人しく待っていると、モリネラ王がたくさんの部下を連れてやって来た。
「これはこれは、皆々様、ようこそモリネラ王国に」
両手を広げて僕らを歓迎したモリネラ王は、まずは一直線に陛下の元へ。
「此度は我が国に足をお運びいただき、感謝に堪えませぬ。それと、右大臣の失言についても、謝罪を」
まずはそこだろうね。到着早々に帝国は頼りにならないと漏らした相手が、前皇帝であったのだから。
「ちょっとした行き違いがあったようだな。だが安心せよ。我らはフェザリスの同胞を見捨てるようなことはせぬ。此度も、貴国に仇なす敵を打ち滅ぼして見せようではないか」
「頼もしい言葉にありますが、しかし……」
何か言いたげなモリネラ王を無視して、陛下は一方的に続ける。
「そこの右大臣にも申し伝えたが、我らが軍が上陸できるように、早急に船着場を用意してもらおう。何、此度のみ使えれば良いのだ。簡易的なもので構わん。それと軍馬だ。流石に馬は連れてこれなかったのでな。指揮官クラスの分だけで良い。100頭と言いたいが、50〜60頭もいれば事足りるか」
「いや、しかし……」
「無論日数がかかることは承知の上だ。だが、我らは異国で血を流す覚悟で来ている。可能な限りすぐに対応してもらう」
いつものうるさく愉快なおじさんではなく、皇帝モードの陛下の迫力にかかれば、小国の王ではひとたまりもない。これではどこの王宮にいるか分からないな。
まあそれはどうでもいい。陛下が存分に目立ってくれているため、僕に気を払っているモリネラの関係者はほとんどいない。僕は密かに、この場にいるモリネラ関係者の反応を窺ってゆく。
陛下の物言いに気押されて困惑している者、若干の不快感を見せている者に混じって、動揺の大きな人物が数名。右大臣のラダーロもそのひとりだ。
ラダーロは失言の件もあるけれど、陛下はそのことを責めているわけではない。
多少強引にではあるけれど、むしろ、モリネラ王国の支援に対してかなり建設的な発言をしている。ちゃんと話を聞いていれば、反応として動揺というのは少し違和感を感じる。
僕は、同じような反応を見せている人物の顔をひとりひとり記憶してゆく。そうして一番後ろまで眺めた時、初めて僕と視線がぶつかる人物がいた。
服装からすれば、上の位の人物ではない。やや痩せ型、中背の極めて目立たぬ風貌。たまたま目が合わなかったら、そのまま意識の外に流してしまいそうな相手だ。
その人物は僕の視線を受けて、軽く会釈すると、ごく自然に視線を別の場所へと移す。でも逆に、その自然さに違和感を覚えた。
「いくら上皇陛下といえど、少々無礼ではないですか!」
その人物を良く観察しようとした矢先、突然怒声が部屋に響く。陛下の要求にたまりかねた臣下の一人が不満を爆発させたのだ。僕はそちらに視線を移して、あれ? と思う。
怒鳴り始めたのは、先ほどの反応の中で不満そうだった人物ではない。むしろ、動揺が大きかった家臣の1人だ。
「ほお? はるばる救援にやって来た友好国に対して、ケチだと暴言を吐くのと、どちらが無礼だ?」
陛下がここぞとばかりにしっかり蒸し返すと、相手が怯んだ。
「ぐ、そ、それは王が謝罪をしております。しかし、ここは我らが国。いくら大国の上皇陛下といえど、そのように一方的に命令される覚えはございませんぞ!」
「ほお、そうまで言うなら、貴様には代案があるのだな? 未だ海上にある、我が同胞たち100艘の軍船を、どうするつもりだ?」
「そこまで多くの援軍を派遣していただけるならば、先に知らせるのが筋ではございませぬか!? 食料などもなんと致すのか」
「心配するな。食料は十分に用意している。そもそも、貴国に害をなす国から奪えば良い。貴様が心配する必要はなかろう」
「南の大陸に侵攻すると申されるのか!?」
「それを望んだのは貴様らであろう!! 違うか!!」
陛下の怒号で部屋が揺れた。モリネラ側の家臣が2名ほど尻餅をつく。
けれど正論である。
僕らがこの地に領土を欲しているかは別として、他国の兵を呼ぶだけ呼んで、戦争まではしたくないので帰っていいですよ、と言うのは虫の良い話。
根本的解決がなければ、何度も同じ理由で呼び出される可能性もあり、僕らとしてもたまったものではない。
禍根はしっかりと断つべき。むしろ、モリネラ側の方が好戦的であるべきなのだ。
先ほどまで陛下に物申していた人物も、口をパクパクさせるだけで、その目はひたすらに泳いでいる。
「……ドラク陛下の仰る通りですな」
最終的に場を取りなしたのはモリネラ王。
「我が臣下の重ねての無礼をお許しいただきたい。我への忠誠心が故の発言なのです。それよりも、陛下のお言葉はどれも尤も。王都の沿岸沿いに、直ちに工事を開始し、馬も取り揃えましょう」
「うむ。感謝しよう」
「ですが、陛下も仰った通り。少々お時間はいただきたく。それまではご辛抱を」
「理解しよう。では、この話はここまで、次は軍議だな」
着々と話を進めようとする陛下に、
「流石に、工事の手配で手一杯でございますゆえ、軍議は明日以降で」
と提案したモリネラ王。陛下もその言葉を入れて、結局軍議は後日となった。
ひとまずの方向性が決まり、僕らも個々に挨拶を交わす中、僕はふと気づく。
僕と目があったあの目立たぬ人物は、いつの間にか部屋からいなくなっていたのである。