【やり直し軍師SS-497】南征(6)
僕らの到着した港町こそ、モリネラの王都。名前をレガノースという。小国とはいえ流石に首都だけあって、街の規模は大きい。
とはいえ合計176艘にも及んだ軍船を受け入れる余裕はなく、完全に容量オーバー。見たところ50艘ほどが入れれば限界か。
港が大きく混乱していることは、船上からでもよくわかる。係留していた船を慌てて避難させようとする船乗り。悲鳴を上げる市民。混乱を止めようとする兵士。とにかく港は黒山の人だかりである。
モリネラもこれほどまでの大船団でやってくるとは、思っていなかったのだろう。僕も特段伝えなかったし。
ひとまず大半の船を洋上に残し、主だった人物が乗る船だけ着岸作業を進める。
流石にいきなり敵対行動をとるような事はなさそうだ。僕らの船が岸に近づくのに合わせて、スペース確保のために、モリネラの兵士たちが必死になって見物客を追いやっていた。
そうして上陸。
僕らを待ち構えていた一団から、最も位の高そうな人物が一歩前に出てきた。両拳を握り、胸の前で合わせると、そのまま頭を下げる。
「右大臣のラダーロと申します。お名前を伺ってもよろしいですかな」
「ルデク宰相、ロア=シュタインです。貴国の呼びかけに応じ、まかりこしました」
「おお、やはり貴殿があの、高名な!」
と大袈裟に驚いて見せたラダーロであったけれど、何気に最初の視線は僕の隣にいたウィックハルトに向かっていたので、多分、僕がロアだとは考えていなかったと思われ。
見た目で言えばウィックハルトの方が目立つので、仕方がないことではあるのだけど。
それはともかく。
簡単な挨拶を交わしたのち、ラダーロは改めて僕の後方、洋上へと視線を移した。
「救援を依頼した我々が申し上げることではありませんが……まさかこれほどの大船団でお越しになられるとは……」
「何か問題があるのか?」
不意に陛下が口を開いた。陛下の不躾な物言いにラダーロは一瞬顔を顰めて、こほんと一つ咳払いをする。
「問題、というわけではございませんが。恥ずかしながら我が国にはこれほどの船を受け入れられる港がございません。それにこの船団に見合うほどの謝礼も。……正直、救援としてはもはや目的を達せられたと思います。これほどの戦力が北から我が国に来たというのは、周辺への大きな宣伝になりますのでな。さすが、北の強国ルデク。義の厚さが帝国とは違いますな」
おっと、早々に仕掛けてきたのかな? でもその愚痴、少し拙速に過ぎると思うよ。
「ほお、帝国はケチくさいか?」
早速反応した陛下。
「そこまでは私の口からは申し上げられませんが……北の大陸で頼りになるのは、貴国であるかと」
「なるほど、で、受け入れるだけの港はなく、お前らの目的は達せられたから、早々に帰れと、そう言いたいのか」
陛下の口調は乱暴だけど、僕もそう聞こえた。僕らがやってきた事実さえあれば、もう十分って感じだ。
ラダーロは再び渋面を作ると、陛下を見る。
「ルデクのお方とはいえ、いささか失礼なものいいかと存じますが?」
「まあ、俺はルデクの人間ではないからな」
「は? では貴公は……」
「ドラク=デラッサだ」
「は?」
陛下が名乗るも、全くピンときていないラダーロ。無理もない。まさか、ここに初代帝国皇帝がいるとは思ってもいないのだろう。
流石にこのままだとリヴォーテあたりが剣を抜きそうなので、僕が助け舟を出す。
「おそらく、モリネラ王国とグリードル帝国の間で、少々行き違いがあったみたいですね」
「行き違い、ですと?」
「はい。帝国は『すぐには難しい』という返事を出したと聞いています。帝国としても、南の盟友であるフェザリスの同胞であれば放っては置けない。なので出発の準備は進めていたのですよ。それで、我々と一緒に来たのですが」
僕の説明を、一言一言噛み砕くように復唱したラダーロは、錆びついた鎧を纏ったかのように、ぎこちなく陛下を見る。
「まさか、初代皇帝陛下ドラク様……」
「そう名乗ったはずだが?」
陛下は若干の苛立ちを含ませているけれど、別に皇帝と名乗ってはいない。まあ、この辺りは駆け引きだ。陛下も本当に怒っているわけじゃない。
「こ! これは大変な失礼を!!」
慌てるラダーロに陛下は続ける。
「うちはケチだからな。遥々やって来て手ぶらで帰るわけにはいかん」
「先ほどは失言でございました!」
どうにか取りなそうとしたラダーロに対して、陛下は、
「長旅で兵士たちも疲れている。街の近くに臨時の船着場を作れ。すぐにだ」
と、有無を言わさぬ口調で命じるのだった。




