【やり直し軍師SS-495】南征(4)
ウラル殿下をオザルドさんへ任せ、僕、陛下、双子、ウィックハルト、リヴォーテはスイストの街へと繰り出した。
前回の来訪では散策どころじゃなかったので、実は僕も密かに楽しみである。
歩き始めてすぐに鼻腔をくすぐるのは、異国情緒あふれる香り。何かの香辛料か、それとも香水の類か。
王都やゲードランドなどでもたまに感じる匂いが、ここでは町中を包んでいる。
折角だからラピリアに香水でも買って帰ろうかな、と考えながら周囲を眺める僕の前で、双子と陛下が騒がしく進んでゆく。
ちょうど昼時、街には多くの屋台が出ていた。3人は先を争うようにして、次々と買い求めているのである。
陛下より少し下がって付き従うリヴォーテ。随分と大人しいなと思ったけれど、双子に絡まれなければリヴォーテはこんなものか。ただ、僕が視線を移すたびに、手にしている食べ物が違うのはどういう魔法だろうか?
「ロア殿、我々も何か食べておきますか?」
ウィックハルトに問われた僕は、リヴォーテに声をかける。
「リヴォーテ、何が美味しかった?」
「む? なぜ俺に聞く」
「なんとなく」
「……その店の羊肉は美味かった。香辛料の調合もそうだが、火入れの加減が絶妙だ。屋台で出して良いレベルではない」
「へえ。じゃあそれにしよう」
「おい太郎、先にいえ」
「私たちも食べていないやつだ」
僕らの会話を耳ざとく聞きつけた双子。
「ならばとっとと買いに行け」
リヴォーテが適当にあしらう中、陛下も会話に加わってきた。
「それ、俺も食いてえな」
「は! ではすぐに買い求めてまいります」
すぐに走ってゆくリヴォーテと、それを追いかけ始める双子。基本的に双子は走るものを見ると、追い抜きたがる習性がある。
ふと陛下を見れば、しゃがんで地面を眺めていた。
「どうしたんですか?」
「ん? いや、これ見てみろ」
僕もしゃがみ、指差す部分を見てみれば、貝殻の破片が地面に埋まっているのが確認できた。
「そこにも、あそこにも、無数にあるな。……たまたま混ざったんじゃねえ。この貝殻を意図的に混ぜて、石畳の煉瓦に使ってんだな。もしかしたら破片は砕き損ないで、本来は粉にして混ぜているのか?」
「なるほど。ありえますね。とすると、煉瓦に混ぜることで強度が増すんでしょうか?」
「いや、どうだろうな。そんな話は聞いたことがねえが……。そもそも強度を考えるんなら、石を切り出した方が早い。それとも、適当な石の採掘場がねえのか? なんにせよ、何か意味があるなら知りてえところだな」
僕は隣で聴きながら感心していた。よくもまあ、こんな貝殻の破片から色々と考えるものだ。この探究心が、街作りの巧みさの一端になっている気がする。
「お待たせしました! と、どうされましたか?」
両手に溢れるばかりの串焼きを手にしたリヴォーテの帰還によって、結局話はそこまでとなったのだけど、貝殻の謎は夜には判明したのである。
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「ああ、それは夜行貝の殻ですな」
晩餐の場で昼間見た謎の貝殻について話すと、オザルドさんはすぐに思い当たったようだ。
「夜行貝?」
テオ(仮)こと陛下が聞き返せば、オザルドさんは空中に指をなぞらせる。
「夜を行く貝と書いて夜行貝。文字通り、夜間に道ゆく者たちのために、煉瓦に混ぜ込まれているのです」
「ほお? ということは夜、光るのか」
「厳密には、貝殻自体が光るのではなく、灯りに強く反応する。といった方が正しいでしょうかな。夜行貝は灯りを受けるとキラキラと光るのです。そのため、ランプの灯りを得て、道順を淡く光らせる」
「なかなか幻想的な話だな」
「左様ですな。主に海岸沿いや山道など、道を外れると危険な場所などに使われるので、見た目よりも実用性重視ですが」
「その貝は希少なのか?」
「夜行貝にご興味が? 南の大陸では珍しくはありません。北の大陸に生息しているかは存じませんが」
「では、その貝を買い求めることは可能か?」
「可能、だとは思いますが。あまり売買されるものはないので、価格などはなんとも言えませんが……」
陛下の勢いに押されて、やや引き気味のオザルドさん。不意に陛下が僕を見た。
現在の陛下はルデクの将ということになっているので、これ以上の交渉には僕が出る必要がある。
陛下が興味を持ったのも理解できる。夜行貝、ルデクでも色々使い道はある気がする。
「オザルドさん、テオ将軍が言う通り、ルデクとしてこの貝に興味があります。遠征が終わったら、あたらめて使者を出しますので、輸出のための調整をしておいていただけますか? あまり高額でなければ、それなりの量を取引したいと思います」
帝国も買い求めるなら、多分結構な取り引き量になるだろう。
「夜行貝が輸出品となるならば、うちとしてはありがたい話ですが……わかりました。準備を進めておきましょう」
後日、ルデクと一緒に帝国の使者もやってきたら驚くだろうなと思いながら、晩餐を無事に終え、翌日僕らは再び洋上へと出立したのであった。




