【やり直し軍師SS-494】南征(3)
モリネラ王国は、南の大陸の中でも最南端に位置する国だ。
直接向かうには距離がありすぎるため、僕らは一度、南の大陸の北端に寄港し、補給と休息を行う計画を立てていた。
立ち寄ったのはアーセル王国のスイストという港町である。
僕がこの国に降りるのは初めてではない。かつてフェザリスの軍師ドランの要請により、ルデクと帝国の旗艦船がやってきたのがこの地であった。
あの一件により、アーセル王国は完全にフェザリス寄りの国になっている。また、この街の人たちにとっては、北から軍船が大挙して押し寄せるのが初めてではないのも都合が良かった。
……まあ、前回よりちょっと、いや、結構船の数が多いけど。
多分通達はされていたであろうに、前回同様にざわつく街の人々の注目を浴びながら、無事に上陸する僕ら。
「陸、最高だな!」
「おいロア、こっからは陸路で行こうぜ!」
「無理だからね? 南の大陸がどれだけ広いと思ってるのさ」
「ルデクくらい?」
「ゲードランドくらい?」
「いやいや、なんで小さくなってんの? 北の大陸よりも広いんだよ? しかも若干南北に長い」
「大丈夫だ」
「なんとかなる」
意地でも船に乗りたくない双子。でも留守番は嫌という面倒臭さである。
「ロア殿!」
僕らがしょうもないやり取りをしていると、こちらに駆け寄ってくる人影があった。
「あ。オザルドさん。またお騒がせしてすみません」
アーセルの重臣、オザルドさん。最初の来訪において、僕ら北の大陸の支援に否定的な意見の筆頭だった人だ。
ただ、オザルドさんなりにアーセルの将来を思ってのことであり、今回はこうして僕らの要請に対して、快く補給を手伝ってくれているのである。
「いえ。事前に伺っていたとはいえ……。実際に見るといささか恐怖を感じますな」
港に入り切らず、近海を埋め尽くす軍船の姿。オザルドさんの表情は引き攣っている。
「全くもってすみません」
「とんでもない。私が勝手に驚いているだけですから。さ、せめて本日はごゆっくりとお過ごしくださればと思います。ユイゼスト殿やメイゼスト殿もお久しぶりです。それとサザビー殿も。そちらは初めまして、でしたかな?」
オザルドさんが視線を向けたのは帝国上皇ドラクその人。ただし、多少変装済み。
「ああ。俺はルデクの将でテオと言う。今日は世話になる」
この軍船がルデク・帝国の混合軍であることは、目的地に到着するまで内密にする予定だった。
混合軍である事実を、相手にギリギリまで隠すためだ。
早い段階でこちらの状況が露呈して、対策を講じられるのは好ましくない。
北の大陸であればある程度の情報統制は可能だと思うけれど、ここは南の大陸。用心に越したことはないのである。
「テオ殿ですか。さすがルデクの将軍。随分と雰囲気のあるお方ですな。きっと北の大陸では、勇名を轟かせておられるのでしょうな」
オザルドさん鋭い。その人は北の大陸の偉人の一人です。数百年以上先まで歴史に名前を残すと思います。
「まあ、そんなこともあるかもしれんな」
調子に乗る陛下。ボロが出る心配しかないので、僕は話題を変える。
「そうだ、多分もうそろそろ降りてくると思うのですが、ルデクの第二王子であるウラル殿下が同行しているので、是非とも紹介させてください」
「なんと、殿下が!? こちらこそ是非にご挨拶差し上げたい。そうと知っておれば、王も早めに呼んでおくべきでしたな」
「無理なさらずに」
「いえ。どうしても外せぬ会談があったので、今はおりませんが、晩餐に合わせてやってくる予定ですので」
「気を使わせてしまってすみません」
「なんの。ところで、そうすると今回の軍を率いるのはウラル殿下で?」
「いえ。実はウラル殿下は修行中の身でして、総指揮官は僕が」
「修行、ですか?」
「はい。殿下は実戦経験がないので、この機会に学びたいという事で」
「ああ、なるほどですな。……しかし、羨ましい限りです。貴殿らとグリードルによって、北の大陸は平和を確固たるものにしつつありますからな。これから更なる繁栄が約束されているようなものです。南の大陸も早めに落ち着いて欲しいのですが……」
「少しでも力になれるように、僕らも助力します」
「お心遣い感謝致します。さ、野暮ったい話はここまで。可能な限りの数、お部屋は用意しております。ウラル殿下と合流しましたら、皆様には前回と同じ館へ向かいましょう」
そのように誘うオザルドさんに対して、
「いや、俺は折角だから街を見てみたい。南の大陸に来るのは初めてなのだ」
という陛下。
「おっ! 賛成!」
「食べ歩きするぞ」
元気一杯の三人を見て、僕とオザルドさんは苦笑を交わし合ったのである。




