【やり直し軍師SS-493】南征(2)
盤上遊戯の大会から、思わぬ話し合いに発展したあの日。
僕の懸念を聞いた陛下は少し考えて、
「よし、なら帝国は支援要請を断るか」
と言った。
「父上、なぜです? たった今、ルデクと共同軍を動かすという話になったばかりでは?」
ビッテガルド様が疑問を呈するも、ここは陛下の案の方が策としては良い。陛下はビッテガルド様から僕へ視線を移し、説明しろと視線で促す。
「帝国が断ったのち、相手が内密にルデクに話を持ち込むようであれば、僕の考えの補完になります。いよいよモリネラ王国の後ろに、スランのブラノアが暗躍している可能性が高くなるというわけです。それと、ルデクとしても出兵には時間が欲しいので、一度断ってもらえれば時間が稼げます。陛下の狙いはその辺りですかね」
「そういうことだ」
「なるほど」
新皇帝が納得したところで、陛下は話を進める。
「でだ。船はお前んところに任せるぞ、ロア」
「帝国は出さないんですか?」
「ああ。もちろん兵と費用はうちも出す。が、一旦断る以上、ルデクの船で行った方が向こうに警戒されねえからな」
「けれど上陸したら一緒じゃ無いですか?」
「まあな。けど、その方が向こうもビビるだろ?」
なるほど。そっちがメインか。罠でも罠でなくても、ルデクの船から帝国軍が出てきたらそれは驚くだろうな。モリネラ王国側がどう反応するのか、僕も見てみたい。
「分かりました。じゃあその方向でルデクも調整します。兵数はどうします?」
僕の質問に、陛下はビッテガルド様を見て、「この一件は全て俺の方で引き受けていいか?」と聞く。
ビッテガルド様は苦笑しながら「どうぞ」と一言。
「両国1万5千の3万でどうだ? これだけあれば小国くらいは潰せるだろ?」
不穏なことをしれっと言うけれど、悪くない線だと思う。仮に上陸してすぐに敵に囲まれたとしてもまあ、なんとかなる。多分そんなことにはならないだろうし。
「無難なところかと。でもそうなると、最低でも軍船が150艘以上は必要になりますね」
それはなかなかの数だ。用意できるかなと思っていたら、ビッテガルド様が手を挙げる。
「いや、待て。今、父上が船はルデクで出して欲しいと言ったばかりだが、意図が先方への偽装なら、船はグリードルのものでも良いだろう。旗だけルデクに変えれば問題ない」
「そうだな。ビッテガルドの言う通り、船はうちのでもいいか。でだ、ロア、ルデクの旗艦船に俺の部屋、用意しておけよ。流石にグリードルの旗艦船は出せねえからな」
「え!? 陛下も同行するんですか!?」
「さっきも言ったろ? “この件は俺が引き受ける”と。何、もう俺は帝国皇帝じゃねえからな。何をしようが自由ってわけだ」
はっはっはっと笑う陛下。再び苦笑する新皇帝。
「自由……と言うのは語弊があるが、ロア、多分迷惑をかけると思うがよろしく頼む」
帝国の新たな皇帝にそんなふうに頭を下げられながら、帝国の総指揮官はドラク=デラッサに決まったのである。
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「よし、なら一番でけえ魚を釣ったやつが勝ち。それでいいな」
「いいだろう」
「でもその前に酔い止めの草、くれ」
「おい、誰か! 釣竿4本用意しろ!」
僕が記憶を遡っている間に、何がどう転がってそうなったのか、突然釣り大会が始まりそうになっている。ノースヴェル様まで何してるんだ。
「陛下、ここに! これが一番良い釣竿です」
どこからか颯爽とやってきて、陛下に竿を献上するリヴォーテ。
「なんだ太郎。私たちのも持ってこい」
「あと草も持ってこい。……気持ち悪い」
「お前らは自分でとりに行け」
いよいよ混沌としてきた甲板。チラチラとそちらを気にしつつも、己の仕事を遂行する海軍の人々には頭が下がる思いだ。
ちなみに今回、ルデクの主だった指揮官は、第10騎士団からウィックハルト、ディック、双子。
第七騎士団よりトール将軍と副官。第三騎士団からザックハート様の右腕であるベイリューズさんが参戦している。あとはサザビーなんかも一緒だ。
トール将軍は南の大陸の血筋ということで、もしかしたら交渉時の印象が良いかという意図で抜擢されている。
第三騎士団のほうは、少々特殊な状況にあった。
実はベイリューズさんは、あくまで補佐という立場にある。というのも、ルデクの第二王子、ウラル=トラド殿下が参加しているのだ。
ウラル殿下は今回、新兵の部隊のまとめ役を担うことになっている。
『良い機会だ。実戦を積ませるべき』
ザックハート様のそんな提案により、修練は足りていても、経験がない兵士から選抜して遠征に参加させることになったのだ。
最近名前を轟かせている、同じく第三騎士団のジュノスなども一緒だ。
いわゆる戦いを知らない世代が、やたらと戦を美化するのを懸念したため、今回の遠征に参加させるという話は進めていた。そんな中でザックハート様がウラル王子も推薦したのである。
帝国も似たような考えを持ったようで、僕と盤上遊戯で戦ったルベットも、この大船団のどれかに乗船しているはずだった。
まあ、できれば何事も起きずに帰ってくるのが一番なんだけどね。
僕はそんな事を思いつつ、背中に騒がしい陛下たちの声を聞きながら、海原に広がる無数の軍船を眺めるのだった。




