【やり直し軍師SS-491】旅立ちの日(4)
今回の更新はここまでです!
予期せずゾディア特集みたいになりましたがいかがでしたでしょうか。
更新再開は7/12を予定しております。またよろしくお願いいたします!
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私は今まで、旅どころかザンザルから出たことさえなかった。
それでも得体の知れぬ恐怖に背中を押されながら、家族が用意してくれた路銀と荷物を抱えて、慣れない山道を歩いていた。
少し歩くと足に痛みを覚え、何度も立ち止まるため、歩みは遅い。
山の中腹に到着した頃には、すでにとっぷりと日が暮れ、辺りは真っ暗。
心細さに余計に速度は遅くなる。とにかく道を踏み外さぬように、半分這うような姿勢になりながら進んでいると、森の切れ目からザンザルの光が見えた。
その光景を見た瞬間、私は小さく悲鳴をあげる。
明らかに異常な数の篝火。街で異変が起きているのは明白だった。そしてそれは、おそらく私に関する動きであろうことも。
私を信奉する人々が私を探しているのか。それともその逆、私を快く思わない人々の群れか。或いは両方かもしれない。
どちらに発見されても良い結果を生まないことは、星を読まずとも想像できる。
私は闇に蠢く小さな灯りに追い立てられるように。足の痛みも忘れて山道をかけ始めた。
知らぬ道、足元もおぼつかない暗さ。小娘が走るにはあまりにも条件が悪すぎる。私は何度も転び、それでも無我夢中で道をすすむ。
ボロボロになりながら、峠を越えたころには既に夜明けを迎えていた。けれども足を止めることはできない。
痛みからか、恐怖からなのか分からない涙を拭いながら、どうにか立ち止まる事なく山道を抜ける。
山を越えても丸一日進み続け、気力も体力もつきかけた頃、人気のない林道でたまたま見つけた作業小屋。私は躊躇なく滑り込んだ。
薄暗がりのほこりが舞う小屋に腰を下ろし、ようやく息を吐く。
もう、数刻前から足の感覚もない。着ていた服も泥だらけ。さぞひどい格好をしているだろう。
とにかく眠りたかった。睡魔は既に限界を越えている。
でもせめて、この場所が安全かどうか確認しなくては。
そのように考えながら懐に隠していた水晶を掴むも、どうしても星読みをする気になれない。星読みで最後に見た光景が忘れられないのだ。
自分自身に対する星読みが、禁忌となっている理由の一端を思い知る。
ならばせめて、こんな小屋ではなく、どこかの街で宿に泊まった方が。
頭では分かっているのだけど、もう、身体がいう事を聞かない。ダメだ、ダメだ。頭の中でそう叫びながら、私は崩れるように床に伏して眠りこけた。
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たんたんと何かが屋根を叩く音で、私は眼を覚ます。
どのくらい眠っていたのだろう。少し頭痛がする頭を振って体を起こし、音のした天井を見上げる。音の正体はすぐに分かった。強めの雨音だ。どうやら雨が降り始めたらしい。
小屋を発見できたのは幸運だったかもしれない。無理して進んでいたら、雨に打たれどこかで行き倒れていた。
この後どうしよう。
眠ったことで、ほんの少しだけ回復できたからか。先のことを考える余裕ができた。
といっても、あてはない。それに、昨日の篝火を思い返せば、近くの街に滞在するのは抵抗があった。そもそも今は、人が怖い。
途方に暮れている最中のことだ。
「おお! 小屋があるぞ! 助かった!」
外から声が聞こえ、私は体をこわばらせる。
誰か来る! 逃げなければ!
でも、どこに?
「だから早く幌を直せといったろう」
また別の人間の声が聞こえた。少なくとも相手は複数いる。しかもすぐそばに。最悪だ。逃げられるかも怪しくなった。
どんどん、と扉が叩かれる。一応ノックをしたつもりだろうか?
もう逃げられない。私は部屋に隅に張り付くようにして震えながら扉を見た。
音を立てて開く扉。
「ひっ」
思わずこぼれた悲鳴に、相手も「うお!?」と驚く。まさか人がいるとは思っていなかったようだ。
「……驚いた。あんたも雨宿りか? すまないが我々にも屋根を貸してくれ」
口にしながら入ってきた人物。
それが私と、ベルーマンの出会いだった。
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「……まあ、その後も色々あって、私は正式にル・プ・ゼアと旅をする事になったのです」
ゾディアは長い話を終えて、ゆっくりとワインを口にする。
「なにそれ、初めて聞いた」
最初にそう口にしたのは、まさかのパリャだ。
「え? パリャも知らなかったの?」
「うん。びっくりした」
本当に驚きの表情でゾディアを見るパリャに、ゾディアは微笑む。
「そんなに面白い話でもありませんでしたから」
「まあそうだけどさ……あれ? でもゾディアが入る前からル・プ・ゼアってあったの? 私てっきり、ゾディアとベルーマンが作ったのかと思ってた」
「違うわよ。元々はベルーマンの他に、あと2人で結成したのがル・プ・ゼアなの。その2人はもう、旅する事を止めてしまったけれど。最初は歌はなくて、酒場などで曲を流してお金をもらっていた。私は楽器は全然だったから、足を引っ張らないように歌を歌い始めたの」
「え!? じゃあ、ゾディアはル・プ・ゼアに入ってから歌を覚えたのかい?」
僕も思わず口を挟む。
「ええ。私も必死でしたので」
まさかの歌姫誕生秘話だ。
「ちなみに、その後ザンザルはどうなったの? それに、どこかでゾディアを知っている人に会う事もあったんじゃない?」
ラピリアが問うと、ゾディアは小さく首を振る。
「ザンザルには一度も足を踏み入れておりません。ベルーマン達も私を気遣って、数年は大陸の東部を旅していましたから、過去の私を知る者にも会いませんでした。あれから私の見た目も随分と変わっています。今の私を見ても、気づく者はいないと思います」
「……そう。複雑かもしれないけれど、残してきた家族を思えば、いつかは帰ることができたらいいわね」
「そうですね……。いえ、やはり帰ることはないと思います。私が帰れば家族に迷惑がかかりますし、それに……」
「それに?」
「あのゾディアはもういないと思ってもらっていた方が、ザンザルのためでもありますから」
「そう」
「やや湿っぽくなってしまいましたが、私はむしろ運命だと思っておりますよ。あのままザンザルにいたら、ロア様やラピリア様と出会うこともなかったでしょう」
確かにそうだ。ゾディアと会えなかったら、帝国との同盟もなかったかもしれない。そうなればルデクは僕の知る歴史通りに、滅亡へ向かっていた可能性もあったのだ。
「……なら、ザンザルの人たちには感謝しなきゃだね」
「ふふ、そうかもしれませんね」
巡り合わせの不思議を感じながら、夜はゆるりと過ぎて行くのだった。




