【やり直し軍師SS-490】旅立ちの日(3)
後から省みれば、その頃の私は完全に増長していた。慢心していた。
本来、3人の星読み師の持ち回りであった儀式は、気がつけば全て私が行なっていた。当然、他の2人からは不満も出る。
けれど私が意に介すことは一切なかった。私が一番正確に星を読めたし、ザンザルの人たちは、そんな私を頼りにしているのだからと。
全てがうまくいっていると思ったし、実際に私の星読みで全てがうまくいっていた。立場、年齢を問わず、皆が私を崇め縋る。
あの日までは。
「ゾディア、あなたに凶星が見える」
足の調子が悪くなってから、部屋に引き篭もりがちになった祖母が、珍しく私に苦言を呈したのだ。
けれど私は適当に聞き流す。祖母の星読み師としての力を見下し、いざとなれば自分の力でどうにでもなると勘違いして。
その日の私は、小さな間違いを犯す。
珍しく星の読み違えをしたのだ。
本当に単純なミスで、一つの星の動きを勘違いした。いや、慢心が自分の勝手な思い込みを呼び、そうであろうと位置付けた星が間違っていたのである。
頼まれた星読み自体は大したものではなかった。だから私も、たまにはこんなこともあると、さして気にしなかった。
けれど状況は予期しない方向へと発展する。私に排除された形になった別の星読み師がたった一度の失敗を挙げて私を糾弾しようとしたのである。
それに対して私の熱烈な信奉者が勝手に実力行使に出て、数名に怪我を負わせるという事件が起こった。
これが大きな波紋を呼ぶ。怪我を負った者やその周囲が、私が命令して襲わせたのだと騒ぎ始めたのである。
もちろん私は何も知らない。けれど実際に怪我を負った人たちは、私に謝罪と、星読みの自重を求めた。
私もそこで素直に謝っておけばよかった。けれど、増長した若い娘であった私は、それを拒否した。私には関係がないのに、なぜそんなことをしなくてはならないのか、と。
私の言葉に対して、私が襲撃者を使ったことを認めたと解釈する者も現れ、ザンザルは私の存在に対して意見を二分する状況に陥る。
ザンザル全体を緊張感が包む中。私の元へと祖母がやってきた。
「ゾディア、大切な話があるの」
「何よ? 今、私それどころではないのだけど」
適当にあしらおうとする私に、祖母は強い言葉で座れという。渋々祖母と向かい合った私に対して、祖母は厳しい顔のまま口を開いた。
「ゾディア、今、すぐにでもザンザルを出なさい」
「唐突に何?」
「先日、あなたに凶星が見えると言いましたね」
色々あってすっかり忘れていたが、確かにそんな事を言われた気がする。その結果が当たっていたから今回の揉め事に発展し、私に危険が及んだのだと言いたいのだろうか? けれど、祖母から続く言葉は意外なもの。
「あれは、間違っておりました」
「え?」
「あなたに凶星が見えたのではない。ザンザルにとって、“あなたが”凶星なのです」
「何それ? どう言うこと?」
「知りたければ己の星を読めばいい」
「でも、自分を読むのは禁忌だって……」
「ええ。本来であればそれはとても危険よ。でも、あなたはそれをしなくてはならない。あなたのためにも、ザンザルのためにも」
祖母はここで星読みをするまでは逃さないと言わんばかりの、強い視線で私を縛り付ける。私は覚悟を決めて水晶を手に取った。
そして初めて気付く。
自分の周りに迫る、無数の悪意を。どす黒く変色する己の星を。
「ひっ!」
その禍々しさに、思わず途中で読むのを中断し、身をのけぞらせる。
「何が見えた?」
祖母の言葉に私は恐怖でただ首を振る。
私の様子を見た祖母は、ここで初めて悲しそうにした。
「ゾディア……。あなたの才能は、あまりにも異才。本来、一人の人間が持って良いものではありません。不憫な娘……。あなたに安息の地はないのかもしれない。それでも、あなたはこの地にいてはいけない。……分かったでしょう」
気がつけば、私の頬には涙が伝っていた。
「ゾディア、私はもちろん、あなたの家族はあなたを愛しています。あなたがどこにいても。その気持ちが揺らぐことはありません」
「うん。ごめん。おばあちゃん……」
「あなたが謝ることなど何もありませんよ。さ、準備を進めましょう。あなたが本来いるべき場所が見つかるように、心から祈っています」
こうして私は、生まれ故郷を逃げるようにして立ち去ったのである。




