【やり直し軍師SS-488】旅立ちの日(1)
ザンザルと言う名の、どの国にも所属していない山間の集落がある。
場所は専制16国の東の端。一般的な感覚で言えば、専制16国の一部と言えなくもない。ただ、この辺りは歴史的に少々複雑な事情が存在する。
専制16国は大きな内乱ののちに誕生した、不安定な連合国家だ。
一代の傑物、グランスウェウルが周辺国を併呑してできた国が、グランスウェウルの死とともに、再び元の国に分かれて争った末のことである。
その内乱期、グランスウェウルの支配は好まぬが、血生臭い戦いも遠慮したい。という地域もいくつか現れた。
それらの大半は専制16国の成立に際し、時に合流し、時に反目しながら16の国のいずれかに吸収されていった。
しかし、わずかではあるけれど、どの国にも加わることなく、緩やかな独立状態を保ったままの地域が残ったのである。
16の国に吸収されなかった理由は概ね2種類。ひとつは微妙な国境線にあり、下手に手を出したら、新たな火種となりかねず放置されている地域。
そしてもう一つが、わざわざ傘下に収めるほどの労力を使うほどの魅力がない地域。
いずれの事情であっても、専制16国の方針に従うのであればうるさくは言わないという暗黙の了解の元、それらの集落は細々と存続している。
ザンザルもその1つ。
さらに歴史を辿れば、そこにはかつてとても小さな国があったという。
そのルーツは、隣国の王子の一人が統治した領地で、実質はかつての隣国の所領の一つであった。けれど、どういう経緯でそうなったのか、一応、独立した国として歴史には記録されているのだ。
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「とまあ、僕が知っているのはこんなところなのだけど」
僕の答えに、珍しく少し目を見開いたゾディア。
ゾディアがルデクトラドにやってきたのは、昨夜のことだ。
ヴァ・ヴァンビルの近況を知らせに、わざわざ足を運んでくれたのである。ヴァ・ヴァンビルと僕の関係を知っているのは、ラピリア以外ではゾディアだけだから。
ヴァ・ヴァンビルはシューレット王都での初めての公演を終え、それなりに好評を得たそうだ。みんなが、レヴが元気でやっているなら、それでいい。
お礼を兼ねたお酒を楽しみながら、ヴァ・ヴァンビルの話が一段落すると、同席していたパリャが僕に質問したのだ。『ゾディアの出身地を知っているか』と。
その言葉の少し前に、僕が雑談でルデクの漁村の生まれだと話したところからの流れだった。
「こら、パリャ」
ゾディアが軽く苦言を呈すると、パリャは素直に謝る。けれど僕も興味があったので、「もしよければ、僕の故郷の情報の対価に聞かせてよ」と伝えると、ゾディアは観念したように、とある地名を口にする。
「ザンザルという集落など、知らないでしょう」
ところが僕はその地名を知っていた。
専制16国成立の歴史のあだ花のような存在として、いくつかの書物に登場しているのである。
グランスウェウルの統一時代、内乱、そして先制16国が誕生するまでの一連の歴史は、戦記好きの好事家達に人気のテーマだ。無論僕も例に漏れない。
そのような混乱期において、戦火を生き残り、独立性を保っている集落など、なかなか魅力的な話ではないか。
残念ながら昔の未来においても、直接足を運んだことはないけれど。
というわけで、僕の知っていることをざっと説明した結果、ゾディアも、パリャも、そしてラピリアも呆れた顔をする。
代表して口を開いたのはパリャ。
「宰相様って、凄いっていうか……やばい?」
「いやいや、たまたま知ってただけだから」
「たまたま知っているような場所じゃないと思うんだけど。あ、もしかして元々知ってたの? 事前にゾディアの出自を調べたとか」
知っている知識を披露しただけなのに、とんだ濡れ衣である。
「違うよ。そもそも、ゾディアの出自なんて本人に聞かずに分かるものなの?」
「うーん。分からないと思う」
「でしょ?」
まだ少し納得していない風のパリャを見て、ゾディアが微笑む。
「パリャ、ロア様は“こういうお人”だから。知っていても不思議はないわ。……とはいえ、私も流石に驚きましたが」
「ゾディア、もう少しはっきり伝えておいたほうがいいわよ。少し自重しろ、って」
ゾディアの言葉を受けて、口を挟んだラピリアの容赦がない。
「いえ。流石は千里の目を持つロア様です」
「え? なにそれ? 聞いたことない通称だけど?」
「私も先日のシューレットで初めて聞きました。言い得て妙ですね」
「妙でもなんでもないよ。もう、どれだけの通称があるのか僕も把握できないし、普通に名前で呼んでもらいたいんだけど。……せめて1つか2つに統一してくれないかな」
そうでないと、僕のことを言っているのかさえも分からない。
困った顔の僕を見ながら、3人はくすくすと笑う。
「こればかりは仕方ないさ! あたしたちは、他にももっとたくさん聞いたよ! 他にも知りたい?」
「いや、あんまり興味はないかな。それよりもゾディアの話の方が聞きたい」
「そうですね。話の途中でした。とは言ってもそれほど面白い話ではありませんが……。まあ良いでしょう。私がこの一座に入るまでのお話でも致しましょうか」
そうしてゾディアは、ゆっくりと昔の話を語り始めた。




