【やり直し軍師SS-487】挑戦(5)
大広場で準備を始めるヴァ・ヴァンビルを、ゾディアは少し離れた場所から眺めていた。
ヴァ・ヴァンビルはこちらには気づいていない。周囲に気を配る余裕がないのだろう。相当緊張しているのが伝わってくる。
「団員、増えてるね」
パリャが隣でつぶやく。確かに、以前はいなかった顔がある。新顔は弦楽器を手に調律を行っていた。
ゾディアの知る限り、ヴァ・ヴァンビルの主な芸は軽技である。音楽は添え物程度の横笛だけだったので、新しく迎え入れたのかもしれない。
一座に人が出たり入ったりするのは珍しいことではない。道中で気の合う人間を見つけたのだろう。
弦楽器を奏でる団員の横にはレヴの姿がある。かつての未来でロアを救った娘だ。レヴの手元には台本らしきものも確認できるので、今日は戯曲を披露するつもりなのかもしれない。
レヴは元々、文字が読めなかったそうだ。識字率と治安の向上を狙って、ルデクが配布した教本をもとに、必死で勉強したと聞いている。
レヴは初めて会った時も『物語を書いてみたい』と言っていた。それが形になったのだとすれば、ゾディアの中にも少しは感慨深い気持ちが湧く。
王都では見かけない新顔の一座に、早くも市民が集まり始めていた。ここまではいつも通りだ。
芸が始まって及第点に達していなければ、あっという間に消えてしまう観客である。
と、そんな人々の間を縫って、こちらにやってくるラワード卿の姿が目に入った。
「ゾディア殿、少々遅れてしまったが、まだ始まっては?」
「ええ。ちょうどこれから始まるところのようです」
「それはよかった。せっかくです、私もこちらで拝見しても?」
「もちろん。広場は誰のものでもありませんから」
「ごもっともですな」
そんな会話をしていると、ヴァ・ヴァンビルの座長、ルベールが舞台の中央に立ち、咳払いをして口上が始まる。
「初めまして。私どもはヴァ・ヴァンビルという旅一座にございます。本日お目にかけますのは、『森の魔女』なる戯曲。どなた様も最後までお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます」
ルベールの言葉に、ゾディアは少しおや、と思う。聞いたことのない題名であるので、レヴのオリジナルであることは間違いなさそうだが、ロアの物語ではないのか、と。
ここ数年で新しく誕生した物語の多くが、ロアやその周辺の人物を主役に据えたものだった。人気の題目であるので、皆こぞって演りたがったし、観客にもウケが良い。
戯曲に限らず、ゾディアたちのように歌を聞かせる一座においても、それは同様だ。
教本の一件で、レヴもロアには畏敬の念を持っているようだったし、てっきりロアの物語を紡ぐのかと思っていたのだけど。
演じる場所がシューレットの王都であるので遠慮したのか。いや、まだ駆け出し作家のレヴが、選べるほどの戯曲を作り上げられたとも考えにくい。
物語は、村の娘が母親のために薬を求め、深い森の奥にいる、恐ろしい魔女に会いにゆく内容だ。
道中で出会う言葉を話す不思議な動物達に、時に翻弄され、時に助けられながら進んでゆく。
この動物役を団員が担い、個々の軽技で観客を沸かせる。なるほど、一座の特性を活かすためのテーマというわけだ。
正直、あらすじには際立った部分はない。
けれど……。
「……いささか雑だが、台詞が良いですな」
ラワード卿が呟く。
そう。やはり、レヴの台詞はどこか魅力がある。『言葉を大切にしている』と言う表現が相応しいか。
言葉を操る楽しさが、そのまま台詞に表れているように感じるのだ。これは天性のものかもしれない。
観客達も、どこか惹かれる部分があったようで、最初にいたうちの半分くらいが芸に見入っていた。大広場の初めての公演としては、大成功と言って良い。
物語が終わり、パラパラと拍手が起こる。多少の硬貨も投げ入れられた。ヴァ・ヴァンビルの面々も、どこかホッとした顔を見せている。
人が完全に捌けたところで近づくと、レヴがこちらに気づいて駆け寄ってくる。その顔は少し上気していた。
「ゾディアさん! それに皆さん! 見ていてくれたのですか!?」
「ええ。なかなか良かったわ」
「ありがとうございます!」
「でも、少し意外でもあった。てっきり、ロアの物語を書くのかと思ってたから」
ゾディアの言葉に、レヴは少しはにかみながら頬をかく。
「いずれは書きたいんですけど……まだ、私の技量じゃ満足いくものが出来なくて」
なるほど、そう言うことだったのか。
「ゾディア殿、よろしいかな。彼女に私を紹介していただきたいのだが」
ラワード卿が会話に参加してきたので、ゾディアは密かに少し驚いた。ラワード卿も今回は様子見程度だと思っていたけれど、存外お気に召したようだ。
初回のお披露目で貴族が支援につくならば、シューレットでは今後かなりやりやすくなるだろう。
或いは、これが彼女の飛躍の一歩となるかもしれない。
ラワード卿をみて、誰だろうと不思議そうな顔をしているレヴ。
卿を紹介したらどんな顔をするのだろうと少し楽しみに思いながら、「ええ、もちろん」と、ゾディアは答えるのだった。




