【やり直し軍師SS-486】挑戦(4)
フィリング卿と少し言葉を交わしてみると、どうやらザードは王都にいない事が分かった。
詳細は口にしないので、なんらかの任務を帯びての事なのだろう。
ゾディアと親交のあるラワード卿を連れてきたのは、ザードが不在であったがゆえか。
ザードと違い、ゾディアとフィリング卿に面識はほぼない。ならば、と、顔見知りのラワード卿を呼び寄せた。とすれば、待たされた理由はこの辺りかもしれない。
単なる挨拶ならばラワード卿は必要ない。やはり、ゾディア達への過日の謝罪ではなく、完全に情報交換の場とするつもりだろう。
ゾディアはそのように判断し、話の流れをそちらへ誘導する。想像通り、フィリング卿は矢継ぎ早に他国の話を聞きたがった。
ただ少し意外であったのは、ルデクや帝国よりも、ゴルベルへの興味が強かったことだ。
程よくシューレットの内情を探りながら、ゾディアはさりげなくゴルベルへ拘る理由を伺う。
「……聞くところによれば、ゴルベルは早くも借金を返し終えるそうだ。まったく羨ましい限りと言える」
フィリング卿から苦笑とともに漏れた言葉。
同盟という名の実質的な降伏によって、ルデクの傘下に入ったゴルベルは、強国となったルデクの支援を受けて、造船業を国内経済の大きな柱とした。
加えて、造船業を軸とした水運業も好調を見せ、かなり潤っているらしい。
結果的に、かの大凶作の際に各国が負った両国への借金、ゴルベルはいち早く返済を終えそうなのである。
ちなみにシューレットは、連合軍絡みで他国よりも大きな借金を抱えている。
連合軍がシューレットに踏み入れた際、帝国皇帝ドラク=デラッサが、出兵費用の一部をシューレットにも負担させたのだ。
元々、王子達が両国への借金を踏み倒そうとして始めた内乱。シューレット王に断るという選択肢はなかった。
けれど現在、シューレットには目を見張るような産業がないのだ。シューレットといえば家具などの調度品が有名だが、借金を返すにはやや弱い。
フィリング卿は以前から交流の深いゴルベルから、どうにか協力を得られないかと模索していると言ったところか。
それならばいっそ、素直にロア=シュタインを頼れば良いのに。
ゾディアとしてはそれが一番手っ取り早いと思うけれど、国民感情など、そうもできない事情が色々とあるのだろう。
「ああ。もうこんな時間か」
フィリング卿が窓の外を見た。すでに日は暮れ始めている。
「ゾディア殿、このまま食事などいかがかな?」
ラワード卿がそう口にする。ゾディアも断る理由はない。こうして場所は移され、お酒も用意された場へ。
フィリング卿もある程度欲しい情報は得たようだ。食事になると話題は一座の芸へと移った。
「私はシューレット人の中では、あまり芸事に詳しくはない。が、ル・プ・ゼアの、貴女の歌くらいは実際に耳にしたことがある。あれは素晴らしいものであった。今回も歌ってくれるのだろう?」
「ええ。ただ、私たちは少々別の用でこの街を訪れましたので、まずはそちらが済んでからですね」
「別件? それはこの会談ではないのか?」
「もちろんこちらも大切なお約束ですが、それとは別に、もう一つ」
「それは一体……いや、伺うには対価が必要か。さて困ったな。話せるものは一通り話してしまったが……」
そう口にしたフィリング卿に、ラワード卿がはははと笑う。
「宰相殿、まずはゾディアに直接聞けばよろしい。話さぬ事なら諦めれば良い」
ゾディアとの会話に手慣れたラワード卿らしい言葉に、ゾディアも微笑む。
「ラワード卿にはかないませんね。それと、こちらは対価不要のお話です。まだ若い、知り合いの一座が、近々大広場で初めて芸を披露すると耳にしたので、それを観に」
ゾディアの言葉にすぐに反応したのはラワード卿。さすが、芸術に造詣が深い。
「ほお。ル・プ・ゼアが目をかける一座ですか? では相当の実力が?」
「さあ、どうでしょうか? 光るものは持っておりましたが。私たちも彼らの芸を見るのは久しぶりなのです。なので、楽しみではありますね」
「なるほど。一座の名は?」
ゾディアが伝えると、ラワード卿はその名を記憶に刻むように深く頷く。
「ヴァ・ヴァンビルだな。了解した。ゾディア殿、すまないがその者らが芸を披露する際は、私にも声をかけてはもらえないだろうか? 私も是非、観てみたい」
「構いませんが、正直私は、今は街から追い出されさえしなければ十分、という実力かと思っていますよ?」
「何、かまわない。それでもゾディア殿に光るものがあると言わしめているのならば、その原石を見る価値はあろう」
そんな会話をして数日後。
ついにヴァ・ヴァンビルがやってきた。