【やり直し軍師SS-485】挑戦(3)
「それじゃ、また後で」
宮殿前までやってきたル・プ・ゼアの面々は、ゾディアを残して去ってゆく。慣れたいつもの流れだ。
仲間達は基本的に貴族との会談を好まない。状況次第でベルーマンは同席することもあるけれど、それも稀である。
例外といえばロア達との会談くらい。あれは会談というよりは同胞との雑談、という感覚でいるようなので、皆抵抗なく参加していた。
ゾディア達のやりとりをやや訝しげに眺めていた門兵は、ゾディアが宰相のサインが入った手紙を見せると、慌てて宮殿へと走ってゆく。時を置かず、宮殿へと招き入れられた。
入ってすぐに目に飛び込んでくるのは、美の粋を極めた素晴らしい庭園。規模、意匠ともに、ゾディアが知る限りでも大陸で1、2を争うほどの美しさである。
『女神の羽休め』という通称で知られるこの庭園は、シューレット文化を象徴する存在の一つ。『この庭がある限り、シューレットが滅ぶことはない』という言葉を残したのは、シューレットの3代前の王だ。
先導する兵士も心得たように、胸を張って非常にゆっくりと庭園を進む。
この庭を楽しめないのであれば、宮殿に踏み入れる価値なし。言外に明確に伝わる気配に、ゾディアは密かに苦笑した。
これぞシューレット人の気質である。国が滅びかけようと、本質はそう簡単には変らない。
そうして亀の歩みで庭を楽しむと、とある部屋に通された。
「ここでしばしお持ちいただきたい。すぐにお茶をご用意します」
そう言い残して立ち去ってゆく兵士。ゾディアは礼を伝えてソファに腰を下ろし、少し込み入った話になるかもしれないと、気持ちを整えた。
なぜならば、庭園の鑑賞を許されたからだ。
今までのシューレットの流儀であれば、庭園を通って部屋に通されたというのは、かなり重要な意味を持つ。
さして歓迎されていない客の場合、庭園は通らず回廊へと誘う。庭園を通るというのは、それだけで特別な客に対する扱いなのだ。
ゾディアも過去、情報交換のためにこの宮殿に招かれたことはあったけれど、いずれも回廊を通ったのである。
この対応が意味するところは、今日の会談にはまず間違いなく宰相フィリング卿が出てくるのだろう。
宰相の参加は少し意外だった。確かに手紙はフィリング卿からであったけれど、本来の差出人はザードである。
ザードはこの国の救世主だが、同時に徹頭徹尾、裏の人間だ。現在も表向きは宰相の小間使いのような存在にあるはず。なので、ザードだけが対応するのであれば、このような扱いはあり得ない。
宰相の参加で単なる雑談はない。ならば、ゾディアに求められるのは各国の情勢。特に、ルデクと帝国の。
現在のシューレットにとって、絶対に怒らせてはいけない存在がこの2国であるのだから。
以前シューレットで好まれた情報は、良くも悪くも関係の深かったルブラルや、ゴルベルに関するものがほとんどだった。時代は変われば変わるものだ。
ゾディアが提供できそうな情報を頭の中でまとめている間も、時は刻々と過ぎてゆく。
……少し、待たせすぎではないだろうか。
確かに突然の来訪である。なんなら、ゾディアとしては、別にザードが不在で会えずに帰ってもよかったのだ。
顔を出したという事実さえ残れば、手紙を預かっていたロアへの義理も立つ。ゾディア達にとっては正直その程度の話であった。
と、ゾディアはふと気がついた。
そうか。“ロアに預けた”という事実が問題なのか、と。
シューレットとしても、ロアの顔を立てなくてはならないのだ。もしかするとフィリング卿は宮殿におらず、急ぎ呼び戻している最中かもしれない。
そうであれば先方は慌てていることだろう。
しかし、旅一座に計画的な来訪は無理な話である。それに、全てはシューレット側の都合であるので、ゾディアとしても別にそれ以上の思いはない。むしろ、あまり遅くなるようであれば、適当な理由をつけて辞してもいい。
あと半刻待って動きがなければ帰ろう。
そう心に決めて、すっかり冷めたお茶に口をつける。
と、急に部屋の外から慌ただしい物音がし始めた。扉の向こうで、明らかにばたついた気配がある。そうして一瞬静かになると、扉が優雅にノックされた。
「どうぞ」
ゾディアの許可を得て入ってきたのは、予想通りフィリング卿だ。
「待たせてしまってすまない」
極力スマートな笑顔を見せているけれど、密かに息が上がっている。走ってやってきたのだろうか。
「こちらこそ、突然の来訪、申し訳ございません。……あら?」
無難な返事を返しつつ、フィリング卿の後ろから入ってきた人物を見て、ゾディアは少し驚いた。
そこにいたのはラワード卿。ル・プ・ゼアの熱烈なファンで、シューレットに訪れた際の有力な支援者である。
「ラワード様、お久しぶりでございます」
「ああ。貴女らがやってくるのを心待ちにしていたのだぞ」
やや口を尖らせ、子供のような仕草を見せたラワード卿は、しかし、すぐにしょぼんと顔も曇らせた。感情をそのまま表に出す珍しい貴族で、ゾディアとしても、好ましい交渉相手の一人であった。
「いや、貴女らが来られなくなったのは我が国のせいでもあるのだから、文句を言うのは筋違いか……」
形式的とはいえ、以前にル・プ・ゼアが拘束された件をさしているのだろう。この辺り、王都の貴族にはどのように伝わっているのか。ちらりとフィリング卿を見ても、すまし顔のままだ。
こちらの情報の対価に使うおつもりかしら。
フィリング卿がゾディアとの情報交換の場に立ち会うのは初めてのことだ。なかなか手強い御仁かもしれない。
とはいえゾディアが手玉に取られる事は、経験上ほとんど無い。
一部の例外を除けば。
帝国のとある妃の顔が思い浮かび、ゾディアはゆるりと微笑んだ。