【やり直し軍師SS-481】幻のフルレ(6)
翌日の事。
ゼクシアとロピアは、連れ立って王宮内を歩いていた。先方にはすでに時間を取ってもらっている。部屋で待っているはずだ。
目的の部屋にたどり着き、ノックをするとすぐに反応がある。
「どうぞ」
許可を得て扉を開けば、そこにいるのはゼクシアの教育係兼、治安情報部の統括室長。
「お疲れ様です、殿下。それにロピアちゃんは少し久しぶりです。それにしても、改まってどうしたんすか?」
「サザビー、忙しいとこすまん。ちょっと話を聞かせて欲しいんだが」
「……込み入った話ですかね? それなら場所を変えます?」
そんなサザビーの提案に、ロピアが応える。
「いえ。このままで大丈夫です。少し前の話をお伺いしたくて」
「へえ? 少し昔? 俺が君のお父さん達と、戦場を駆けた話でも聞きたいのかな? 俺が槍を片手に、敵中に単身突破した時の武勇伝でいい?」
ロピアの横で聞いていた俺は呆れる。全くサザビーはいつもこうだ。真偽定かでない話で人を煙に撒こうとする。だが、ロピアは全く気にせずに続けた。
「いいえ。そんな昔の話ではなくて、聞きたいのは5年前の事です」
「……へえ? なんだろう。5年前じゃあ、あんまり覚えていないかもしれないなぁ」
「20年以上前の話を覚えておられるのなら、大丈夫だと思います」
ロピアに切り返されて苦笑するサザビーは、一度居住まいを正すと、ちゃんと話を聞く姿勢になる。
「さて、5年前で俺に話を聞きに来たのなら、まあ大体予想はつきますが、答えるかどうかは別の話ですね。まずはなぜ、5年前のことを嗅ぎ回っているのか、聞かせてもらっていいですか?」
サザビーの言うことは尤もだ。治安情報部、かつての名を第八騎士団。国内の組織改変により名を変えたが、国家を裏で支える者達だ。
いくらこちらが王家や重臣の子であろうと、暗部として簡単に明かせない話はある。
ちなみに、サザビー個人に関しては、大軍師の側近の一人として国内外にその名を知られているので、暗部の人間という印象はあまりない。
ともかく、ゼクシアとロピアはここまでの経緯を説明する。サザビーは一通り話を聞き終えると、「なるほど」と呟いた。
「幻のフルレ。それで、すぐに俺のところに来たんですか。ロピアちゃんは相変わらず勘がいいというか、実にロア殿の娘さんって感じっすね。ま、入学の時の面倒ごとを考えれば、ロピアちゃんの懸念も分かります。……そっすね、まあ、話しても問題ないかな。ロピアちゃんの思い当たった通り、5年前のそれ、“ウチ”の案件です」
5年前のある日、トラド学院で人らしきものが空を飛び、どこかからフルレの音が聞こえたきたという話が、本当に暗部の案件? ゼクシアも俄然興味が湧いてきた。
サザビーは「少し長い話になるので、ちょっとお茶でも入れましょうか」と立ち上がる。
「あ、私がやります」
と申し出るロピアを制して、
「勝手知ったる自分の部屋っすから、殿下とロピアちゃんは座っていてください」
と、お茶を準備してくれる。
そしてお茶を口にしてすぐ、
「そもそも5年前、その問題のフルレの噂を流したのは、“ウチ”です」
と言い放った。
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5年前、王都で密かに盗賊団が暗躍していたんですよね。特に貴族を専門に狙った。
問題は手口が素人のそれではなく、組織的な動きを見せていた事です。まあ、端的に言えば、我々と同業の匂いがする感じでした。
考えられたのは、どこかの国の暗部が王都で暗躍している可能性。ただ、他国の動きにしては派手でした。もちろん、玄人から見ればというレベルなので、一般の人々には全く気づかれないような動きでしたけど。
そうなると我が国には、警戒すべき存在が二つあります。一つはご存知の通り、リフレアの残党。そしてもう一つは、ゴルベルの前王時代に野に降った反ルデクの残党。
このどちらかであった場合、看過できない由々しき事態です。そのため、治安部預かりの極秘事項になりました。
狙われた貴族や、盗られた品物を検証した結果、奴らはどうやら王族に縁のある宝を狙っていたようだという事実が浮かび上がってきます。
真意は分かりませんでしたが、王家に被害を与えたいのならば、それを餌に呼び寄せられないかと、作戦が練られました。
もう説明するまでもないかもしれませんが、それが幻のフルレの正体です。
学院開校を記念し、ルファ王妃が特別に造らせた新しい王家の至宝。学院の加護を願い、校内に密かに納められた。という話を創作して。
別にフルレである必要はなかったのですが、王妃がフルレを好むのは知られた話でしたし、元戦巫女ですからね。加護というのは信憑性があった。
そうしてあの日、問題のフルレが調整のために取り出されるという噂も貴族へ流したところ、奴らは見事に食いついた、というわけです。
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「じゃあ、フルレは存在しないのか?」
ゼクシアの問いに、サザビーは首を振る。
「殿下、それは早計というものです。目撃者は当時、フルレの音も聞こえたと話していたのでしょう?」
言われてみればその通りだ。
そしてサザビーは、5年前の事実を淡々と話し始めた。