【やり直し軍師SS-479】幻のフルレ(4)
情報源となった5回生から詳しい話を聞くため、時間をとってもらったゼクシア達。
件の5回生は、寮の最上階の一番奥の部屋で待っていた。入り口には様々な物が積上げられており、どこか異様な雰囲気を醸し出している。
「これは…なんの標本だ?」
無造作に置かれた代物を掴むと、レゼットが「一応、毒にも警戒を」と釘を刺してくる。
「そもそも、これは寮として許されるのか……」
やや呆れ顔のゼクシアに、セルジュが苦笑。
「どうなんだろうね? まあ、こういうものだと思うしかないよ」
そんなゼクシア達の騒ぎ気づいたのだろう。ノックの前に扉が開き、長い髪を束ねた男性が顔を出す。
「ああ、君が噂の王子様? へえ? 君がねぇ」
エリスンと名乗ったその学生は、ゼクシアを上から下まで舐め回すように眺める。不躾な視線を向けられるのは、ゼクシアにとってなかなかない体験である。
不敬かと問われれば、間違いなく不敬に当たると思う。が、この学院では身分差を撤廃しているので、ここで文句を言うのは筋違いというものだ。
王族が権威で威圧すれば、悪しき前例を作ることになる。
どうしたものかと考えるゼクシアの横で、全く物怖じせずにエリスンへ声をかけたのはコナーだ。
「どうしたんです? 王子がそんなに珍しいですか?」
コナーも初対面であるはずなのだが、それを全く気にしない気やすさだ。エリスンはゼクシアから視線を動かさずに、コナーの質問に答える。
「いや、私は血筋の研究をしていてね。王族は我々と違う部分があるのか、実に興味深いのだよ。殿下は南の国の血も引いている。その点でも注目していた。時に殿下、髪の毛や爪を少し譲ってくれないか?」
……5回生には変人が多いとは聞いていたが、なるほど完全に理解した。若干、レゼットとラゼットが警戒体制に入っている。2人が実力行使に出ないうちに話を進めた方がよさそうだ。
「爪はあれだが、調査に協力してくれたら髪の毛の一本くらいはくれてやる」
「それは素晴らしい! ついでに他の王族の……」
レゼ、ラゼの纏う空気が冷えてきたのに気づいたセルジュが、慌ててエリスンの袖を掴む。
「先輩、流石にまずいですよ。寮、追い出されますよ?」
「ああ、それは困る。こんなに金のかからない住まいはないのだ。食事も出るし、できれば一生住みたいくらいだ」
大仰な仕草で嘆いたエリスンは、すぐに気を取り直し、「ま、君の髪を一本もらえるだけでも収穫か。いずれ、あとをつけてでも手に入れたいと思っていたからね」などと言う。
なるほど。今後極力近づかないようにしておこう。
ともかく語り始めたエリスン。
「あの日は暑かったから、みんなで屋根の上で酒盛りをしていたんだ」
「ちょっと待ってくれ。いきなり確認したい部分が増えた。屋根の上? 寮の屋根か? なぜ屋根の上で酒盛りをしている?」
確か、寮の最上階にバルコニーなどはなかったと記憶しているが。
そんなゼクシアの疑問にはセルジュが答える。
「あー……ゼクシア。王族の君にこんな事を頼むのは心苦しいのだけど、こう、見ての通り、寮って少し自由な気風があるから、割り切ってくれないかな。俺も入って初めて知ったけど、貴族の子息が下着一枚でウロウロしていたり、夜中に抜け出して食堂に……あ、これはなんでもない」
なんでもないことはないと思うが、聞かなかったことにする。咳払いして続けるセルジュ。
「まあ、寮の伝統? みたいなものだと思って聞き流してくれると助かるんだ」
「そうか……」
少々不穏な話もあったが、他人に迷惑をかけていないのならば、ゼクシアが口うるさく言うような部分ではないだろう。寮の特殊性は気にせず、続きを促すことにする。
「屋根の上にいたのは10人くらいだったかな? 空は時折月が顔を出すような天気だったよ。で、割と良い感じに酔いが回った頃、誰かが変な事を言った『校舎の上から誰か飛んだ』とね」
酔っ払いの目撃情報か。どこまで信用できるか疑問だな。
「最初は見間違いだと思ったね。でも、その後も何度かおかしな影を見た。校舎のあちこちで。これは何か、不思議なことが起きていると私たちは興奮した」
「恐怖ではなく?」
「いやいや、興奮だろう。影が音もなく現れたり消えたりするんだよ。不思議で不思議で仕方がない。そんな中、我々が様子を見に行くべきか話し合っていると、そこで聞こえたのだよ、どこからか、笛の音が」
ここで出たか。
「それで、どうなったのだ?」
「いや、どうもこうもない。フルレの音は少し離れた場所で聞こえて、それ以降は影もパタリと消えてしまった。それで終わりだ。いや、その後また少し、フルレの音が聞こえたかな? しばらくしてから様子を見にいったのだけど、何もなかった。どうだい? 不思議な話だろう?」
確かに不思議な話ではある。
「それは、学院に報告したのか?」
「いいや? してないが?」
「なぜだ? 異常事態だったのだろう?」
「そりゃ、私たちが屋根の上で飲酒をしていたと説明しないとならなくなるからね。怒られるじゃないか」
やってはいけないことだと認識はしているのか。どうでもいいことだか、この男がギリギリながら常識も持ち合わせていることに、ゼクシアは若干の安堵を覚えた。
結局、エリスンからはそれ以上の有益な話を聞くことはできず、ゼクシア達は「髪の毛! 約束だからね!」という言葉に見送られて、エリスンと別れたのであった。




