【やり直し軍師SS-478】幻のフルレ(3)
息せき切ってやってきたコナーは、ゼクシアの前で立ち止まると、
「商学の教本、持ってるか?」
と聞いてきた。
「なんだ。忘れたのか?」
「いや、違うんだよ! ちゃんと持ってきたんだ。昨日」
「昨日?」
「そう。で、モナが忘れて困っていたから貸してやった」
モナはゼクシアやコナーの同級生だ。のんびりとした性格で、よく忘れ物をしては怒られている。
が、決して才のない娘ではない。むしろ、同学年では優秀で知られる一人だ。いずれドリュー機関へ入るのではないかと言われるほど、尖った能力の持ち主である。
「……返してもらうのを忘れたのか?」
「そうなんだよ。ちょっと授業の時間が合わなくて、結局モナ、そのまま帰っちゃってさ、ま、朝一番に返して貰えばいいかなと思ったら、まだ来ないんだよ」
なんというか、実にコナーらしい。誰とでも仲良くなるし、性根が良いので今回のように自分が損することも多い。
それでいて、腹を立てるではなくこうして困った顔をしている。まあ、ひと言で言えば良いやつだ。
「……それなら仕方がないな」
ゼクシアが商学の教本を渡してやると、こちらを拝むような大袈裟な仕草で「恩に着る! この借りは必ず返すからな!」などという。その言葉でゼクシアはふと思いついた。
「それならすぐに返してもらおう。今日の昼は空いているか?」
少し訝しげに首を傾げたコナーは、すぐに表情を改めると、
「分かった、昼な! 後で声かけるわ! やべっ! そろそろ授業始まる! じゃあまたな!」
と、やってきた時と同じく、慌ただしく走り去っていった。
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「幻のフルレ? なんだそれ?」
昼食のパンを頬張りながら、コナーが言う。
「コナー、ちゃんと飲み込んでから話せよ」
そんな風に苦言を呈したのはセルジュだ。セルジュもゼクシアの同級生。地方の小貴族の出身であるセルジュは、親の躾が厳しかったらしく、食事のマナーには少しうるさい。
セルジュに注意されて、黙ってもぐもぐもぐもぐと口を動かすコナー。
もぐもぐもぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。
「いや、長いよ! どれだけ噛んでるんだよ!」
セルジュがつっこみ、そのやりとりを見たオーリンがクスクスと笑う。
中央の有力貴族の娘オーリン、庶民の出身であるコナーに、地方小貴族のセルジュ。ゼクシアが最近よくつるんでいる友人達だ。
約束通り昼前にやってきたコナーが『他のやつも誘っていいか?』と聞くので了承したところ、予想通りいつもの者達に声をかけたのである。
「それで、幻のフルレとはどのようなものなのですか?」
セルジュとコナーが戯れているので、オーリンが話を戻す。
「全く分からん。そう言うものがある、と言う噂を聞いてな。少々気になっただけなのだ」
「ゼクシアが気にされたと言うことは、信ぴょう性の高いお方からの情報なのでしょうか?」
宮中を知るオーリンらしい質問。彼女は暗に、王家やそれに準じる人物からの、政治絡みの依頼なのかと確認しているのだ。
「いや、そんな大層な話ではないのだ。だが、ルファンレード学園ではなく、このトラド学院にフルレと言うのが不思議だと思ってな。それで顔の広いコナーに、そんな噂があるのか聞いてもらおうと思っただけなのだ」
「そうでしたか。では、私も兄に問い合わせてみましょうか?」
「ヤーゲル3回生か。そうだな。私も3回生とはまだそれほど交流がない。頼めるか?」
「もちろんです」
「俺も寮の先輩に聞いてみるよ」
いつの間にか会話を聞いていたセルジュも、会話に加わってくる。
「頼む、セルジュ」
「ところで、そのフルレって貴重なものなのかい? 例えば、貴重な鉱石や、宝石が付いてるとか?」
「いや、本当に何もわからんのだ。こんな話をしておいて何だが、存在すら怪しい」
言いながら、そうか、フルレとは言うが実用的なものではないのかもしれないと思った。
単なる美術品であるならば、学院の方にあるのも理解できる。いずれにせよ、そのような美術品が学院にある理由は分からないが。
或いは、誰かの寄贈品か? それならば学院長に話を聞いた方が早いか? しかし確か、ボルドラス学院長は視察でしばらく不在だったはずだ。
まあとにかく、集められる情報を集めておこう。
「では、何かわかったら知らせてくれ。頼む」
そんな風にして、その日の昼食は終わったのである。
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翌日、最初に情報をもたらしたのはセルジュだった。
「あのさ、ちょっと変な話なんだけどさ」
そんな風に前置きをしてから話し始めるセルジュ。
「寮の五回生の人が知ってたんだけど……」
「待て、寮に五回生がいるのか?」
五回生は特殊な才能がある人材だけが進級できる学年だ。寮にいると言うのは少し意外だった。
「あれ、知らなかった? 2人いるよ? ほら、五回生になる人って、ちょっと変わった人が多いから。寮の主みたいになって住んでる」
「そうなのか……」
正直、ゼクシアとしてはフルレよりもその人物の方が興味がある。
「で、その先輩が言うには、5年前に学院に怪物が出たんだって」
「怪物?」
「そう。そいつは深夜、学院の屋根から屋根を飛び回り、寮生を恐怖に陥れた」
「随分と芝居がかった話だな」
「まあ、そう言う話し方をする先輩なんだよ。で、肝心なのはここからさ。その怪物は、フルレの音色によって撃退されたらしい」
「ほお、それは……」
確かに“幻”のフルレと呼ぶに相応しい気がする。
セルジュ以外はこれといった情報もなかったため、ゼクシア達は5年前の事件に焦点を置いて、調べを進めることになったのである。
 




