【やり直し軍師SS-477】幻のフルレ(2)
「幻のフルレ? 具体的にどう幻なのだ?」
言葉の真意を掴みかね、ゼクシアは問い返す。
よほど希少性の高い楽器なのか。それとも、いわゆる怪談の類、夜な夜などこかの部屋でフルレが鳴るのか。
そもそもフルレは、庶民の楽器だ。
王妃である母上が好んで嗜むことがきっかけで、フルレを学ぶ女性は多いというが、フルレが求めやすい価格で売っているからこその流行である。
多少の差異はあろうが、高価なフルレというのは耳にした事がない。
だがロピアもまた、要領を得てはいないようだ。
「詳しくは分からないの。とても貴重としか。ミア……学園の同級生が、お姉さんから聞いたそうなのよ」
「ふむ。そのミアという娘は貴族なのか?」
ゼクシアが真っ先に思い当たったのは、過日の入学に関する一連の貴族の横槍である。また性懲りもなく、どこぞの貴族が何か仕掛けてきた可能性を警戒したのだ。
「そこが微妙なところなのよ。ミアは商家の娘なのだけど、お姉さんは中央の貴族に嫁いでいる。そんなに大きくないところ」
「姉が妹を利用して、君に近づこうとしているのではないのか?」
「でも、変装しているのに?」
それもそうか。
ロピアがアヴリと名を変え、ルファンレード学園に通っているのを知るのは、限られた人間だけだ。
「では、関係がないのか?」
「少なくとも、ミア本人の口ぶりも何か企んでいる感じじゃないのよね」
「ん? ならば別に問題ないではないか」
「こっちは問題ないけれど、その噂自体は気になるでしょ?」
「そうか?」
ゼクシアはあまり音楽にも楽器に明るくはない。王家は比較的音楽を好む者が多いが、ゼクシアはその時間を鍛錬に費やしたいタイプだ。その辺はウラルおじ上と似ていると思う。
「そうよ。だって、ミアは無関係でも、その噂自体はまたどこかの誰かさんの悪巧みかもしれないでしょ? おかしいと思わない? 幻のフルレが学園じゃなくて、トラド学院にあるなんて」
「あ、それはそうだな」
芸事を学ぶならばルファンレード学園の方である。トラド学院でも最低限の授業はあるが、あくまで軍部や式典で使用するような楽器に関する授業であり、庶民的なフルレなどの扱いはない。
なのでロピアが言う通り、個人が趣味で持ち込む以外で、学院の方にフルレがあるとは考え難いのだ。
「もしも、本当に私を誘い出すために流された噂なら、先手を打って調べておこうというのが1つ」
ロピアが人差し指を立てる。入学までの悶着で、すっかり疑心暗鬼である。まあ、気持ちはわからなくない。
あの一件は非常に迷惑なものであった。そして誰一人得をしないという不毛な結末を迎えていた。
「待て、今、一つと言ったが、他に何かあるのか?」
まだ懸念事項があるのかと思うと、ゼクシアもやや身構える。だがそんなゼクシアに向かって、ロピアは少し微笑んで、2本目の指を立てた。
「もしも全然関係なかったとしても、“幻のフルレ”なんて気になるじゃない。本当にあるなら素敵だと思わない?」
「あー⋯⋯まあ、な」
「何よ? 気の抜けた返事ね」
「お前も知っているだろう? 俺は楽器には疎い」
「知ってる。でも、もしかしたら、手にした途端にフルレの達人になれちゃうような、夢みたいな楽器かもしれないわ」
そんな馬鹿な。そもそもお前には……。と言いかけて、口を噤む。ロピアが機嫌を損ねるのは明白だったので、ゼクシアは黙って頷くに留めるのであった。
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「それで、ゼクシア様が問題の幻のフルレの調査をなされるのですか?」
レゼットのやや呆れた声音。
「仕方がないだろう。成り行きでそうなったのだ」
いや、おそらく成り行きではない。ロピアは私に調査をさせるために呼び出したのだ。
そのくらいのことは分かっているし、ゼクシアとて暇ではないので、最初は噂を調べてやるつもりはなかった。
ゆえに毅然と断るつもりであったのだが……。見事に言いくるめられた。
幼い頃からロピアに口喧嘩で勝てた記憶はない。
まあ、ロピアに説得されているうちに、ゼクシアも少々興味が湧いてきたというのもある。
フルレそのものよりも、なぜそのフルレが学園ではなく、学院の方に隠されたのか、という点に対してだ。
存在するかどうかも怪しいものだが、もしも見つかるような事があれば、経緯を知りたい。
おそらく情報さえ与えれば、謎自体はロピアが解いてくれるだろう。そういう事には呆れるほどの才能を発揮する娘である。
「というわけで、レゼット、ラゼットも協力してくれ」
「はっ」
「もちろんです、殿下」
「さて、どこから手をつけるべきか……」
ゼクシアがそんなことを考えながら歩いていると、
「おーい! ゼクシア!」
と、友人のコナーが手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。