【やり直し軍師SS-476】幻のフルレ(1)
今回のお話は、時系列で言えば、前回のロピアとゼクシアの1話よりも以前。
2人が入学した少し後の事となります!
仮にこの私、ゼクシア=トラドに、ロピア=シュタインとの顔つなぎを頼む者がいたとすれば、私の答えは決まっている。『やめておけ』だ。
大軍師、英雄宰相ロア=シュタインと、戦姫ラピリア=ゾディアックの第一子、ロピア。
ロアは一代の傑物だが、ラピリアの方は、『ルデクの大鷲』と称えられた大将軍、ビルドザル=ゾディアックを祖父に持つ名門の出。
ビルドザルの妻は当時の王の従姉妹であるので、ロピアには王家の血も流れている。
ゆえに、本人が望むとも望まずとも、生まれた時から貴族連中の注目を浴び続けた娘だ。
多くの貴族達の狙いは、ロピアの隣の席。すなわち、将来の夫の座である。ロピアの伴侶となれば、現在のルデクにおいて、その一族の繁栄は約束されたようなものだろう。
虎視眈々(こしたんたん)と計画を進める貴族らは、情報収集を欠かさない。
ロピアに気に入られるにはどうしたら良いのか? 趣味は何か、好む贈り物は、理想の容姿は? 宴が行われ、貴族や要人が集まれば、さりげなくそんな質問が近しい人間に投げかけられる。
ゼクシアもその例外ではない。尤も、ゼクシアの場合は、ゼクシア本人の妻候補への質問も同時に行われるのだが。
まあ、自分のことはいい。ロピアの話だ。ロピアについて問われるたび、ゼクシアは心の中で思う。『やめておけ』と。
ロピアは、大軍師ロアの知恵を正しく受け継いだ。良くも悪くも。そして戦姫の、或いはルデクの大鷲の豪胆さも持ち合わせている。
反面、権力には全くと言って良い程に興味なく、同時に権力に阿るつもりもない。この辺りは周辺の大人達の影響が大きいのだろう。
ロピアにとって大事なのは、自分が興味があるかどうかだけ。それを邪魔されると、たとえ相手が誰であっても排除しようとする。
そしてそれが、できる。
つい先日、ロピアにちょっかいを出した3つの貴族が、大変な目に遭ったばかりだ。
いずれは、あの娘の心を射止めるものも出てくるだろうが、それは多分、ロピアが自分で選ぶはずだ。愚かな大人達が、手のひらで転がせるような存在ではない。
それでも今日もまた、ゼクシアやロピアの元には笑顔の仮面を貼り付けた貴族が近づいてくるのである。
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「ラゼットは学園の日か?」
ゼクシアが王立トラド学院に通い始めてから、早くも2ヶ月ほどが経過した。もう学院の雰囲気にも慣れ、多少は親しい友人もできている。
「はい」
ゼクシアの問いに短く答えたのはレゼット。ゼクシア付きの双子の側近である。普段は2人揃って付き従っているのだが、今日はレゼット1人で警護にあたっている。
片割れのラゼットは変装をして、トラド学院に隣接するルファンレード学園にも通っていた。目的はロピアの護衛。
正確にいえば監視である。ロピアが入学するまでに一悶着あったので、王や宰相より、しばらく様子を見てやってほしいとの要望があったのだ。
ロピアにせよ、ラゼットにせよ、普段の姿とは全く別人に変装するので、誰にも気づかれることはない。お祖母様の側近の、変装の達人が手ほどきをしているため、ゼクシアであっても言われなければ分からなかった。
ちなみにその変装の達人、ゼクシアさえ本当の顔を見たことがないというほどの変人である。
今のところロピアも大人しく真面目に通っているようで、大きなトラブルは聞こえてこない。
今日も平和な1日だと良いな。
ゼクシアの胸を何気なく過った気持ちはしかし、ラゼットの帰還によって見事に裏切られた。
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ラゼットを経由して、ゼクシアはロピアにいつもの場所に呼び出される。使われなくなった城壁の上だ。
この場所は2人が小さい頃からの秘密基地であった。尤も、おそらくは父上達も把握はしているのだろう。その上で放置している。
ゼクシアたちが次々と持ち込んだ、椅子やテーブルなどが撤去されずにあるのがその証拠だ。
いくら使われなくなった城壁とはいえ、巡回の衛兵くらいはやってくる。その者達が何の報告もしていないわけがない。
螺旋階段を登りながら、今ならばちょうど、城壁から日が沈むのが見えるなと思った。
王都の中で、見晴らしという点において、この秘密基地ほど適した場所はない。ゼクシアは、城壁から見る夕日が好きだった。
階段を登り終える前に、フルレの音が耳に届いた。すぐにロピアの音だと分かる。案の定、フルレの練習をしているロピアが目に入る。
ゼクシアは黙って近づき、自分用の椅子へと座り、フルレの音が止むのを待った。
練習中に途中で邪魔をするのを、ロピアはとても嫌がる。それは長い付き合いでよく分かっている。
そうしてようやく一曲終わると、ロピアはようやくゼクシアへと笑いかけてきた。
「お疲れ様〜」
「ああ。お疲れ。焼き菓子持ってきたぞ」
「やった! ありがと。すぐにお茶を入れるわね」
お茶とジャムはロピアが、菓子はゼクシアが。ここで過ごすうちに何となくできた2人のルール。
ラピリアお手製のジャムをたっぷり溶かし込んだお茶を飲み、焼き菓子をつまみながら、しばし日が沈むのを眺める。
ロピアも黙ってそれに付き合っていた。ゼクシアがこの時間を好んでいるのを知っているから、日が沈む間は喋りかけてはこない。
そうして空に星が瞬き始めたのを確認してから、ロピアが本題を切り出した。
「ねえ、トラド学院に“幻のフルレ”があるって噂を聞いたんだけど、何か知っている?」
と。




