【やり直し軍師SS-474】切っ先(中)
俺とウラルは人気のない訓練場で睨み合った。
幾度も穂先を交えた相手だ。互いに手の内は知り尽くしている。俺はウラルと呼吸を合わせながら、ウラルが動くのをじっと待つ。
ウラルがこちらの気配を探りながら、にわかにゆらりと体重を移動させた。
右! 鋭い突きに即座に反応しつつ、俺はウラルの身体から目を離さない。相手の身体の沈ませかたで、次の攻撃を読むのだ。
「ふっ」
短い気合いと共に、木剣を薙ぐウラル。狙いは俺自身ではなく、手にしている武器。弾き飛ばされぬように指先に力を込めながら、その攻撃をいなす。
ウラルは恵まれた体躯を持ちながら、大振りの攻めが非常に少ない。相手を確実に削り追い詰める作戦を好む。
ウラルほどの膂力があれば、一撃で勝負を決めるのも容易いだろうに。以前、そのまま疑問を伝えたことがあったが、ウラルは少し恥ずかしそうに首を振った。
『幼い頃、己の力を過信し調子に乗って、とある人物に思い知らされたことがある。以降、慢心せず、確実に勝つ。これが俺にとっての理想だ』
それ以上はあまり話したがらなかったので、詳しくは知らないが、今でも心に刻まれているのであれば、よほどの痛恨事であったのだろう。
と言っても、ウラルの攻撃は一つ一つが非常に重い。大技など使わずとも、大抵の兵士にとっては危険極まりない攻撃となる。
俺は攻撃を凌ぎつつ、ウラルの攻めの間隙を探る。俺のいなしに、ウラルの切っ先がわずかに流れた。ここだ。
俺は腰を沈め、両手で木剣を支えると、体重を乗せて貫いた!
「ぬおっ」
分かっていても避けられぬ速度、もらった!
そう思った瞬間に、ウラルが後方へ回転跳びをみせる。あの巨体で異様な動きだ。2回3回と後転を繰り返して、俺と距離を取ったウラルは、「ふう」と息を吐いた。
「今のは少し危なかった」
「相変わらず無駄に機敏だな」
「無駄は余計だ。だが、その技、また少し威力が増したか?」
よく見ている。
ウラルが手数で勝負するタイプなのとは対照的に、俺は一撃に特化した戦い方を好んでいる。今の突きは、手持ちの必殺技の中でも特に力を入れている大技の一つだ。
俺が大技にこだわっている理由はただ一つ。強力な一撃でなければ、ザックハートは倒せないから。
これが木剣ではなく、本物の鋼であったとしても、中途半端な攻撃が届いたところで、ザックハートの薄皮を裂く程度しかできないだろう。
あの巨体を一撃で討ち取る。そう考えて、ずっとこの戦い方を貫いてきたのである。
「分かるか? 少し体重移動を工夫した」
「ああ。分かる。今のは本気で焦った」
「だが、避けられたからな。まだまだだ」
「それは俺もまた、成長しているからだ。お前よりも、な」
「ぬかせ。次は必ず当てる」
結局、早出の兵士がやってくるまで俺たちは剣を交え、いつものように同僚たちに呆れられるのである。
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第三騎士団の仕事は、北ルデクの首都、フェマスの警備から始まる。
これは第三騎士団がゲードランドの港の守護者であった頃から、必ず行われていた業務であるらしい。
嵐だろうが、大雪だろうが、通りに人一人いない日であっても、必ず、だ。
俺とウラルは今日の巡回当番だった。30人ほどの集団を組み、フェマスの街を練り歩いてゆく。
当初は単なる警備かと思ったが、どうやらそうではない事は、しばらくして気づいた。
「騎士団の皆さん、おはようございます。今日も精が出ますねぇ」
そんな風に声をかけてくるのは、顔なじみの果物屋の女主人。
「これ、食べてくださいな」
差し出されたカウスの実を、俺たちは礼を言って受け取る。こういった差し入れは、金銭でなければ遠慮なく貰うように言われていた。
『食い物ならむしろ、街中でうまそうに食ってみせ、その日の売り上げに貢献しろ!』
とはザックハートの言葉である。
この巡回は結局、警備よりも街の人々との交流が主眼なのだ。騎士団を身近に感じてもらうことで、何かあった時に伝えやすい環境を作る。結果としてそれが良い循環を生み、街の治安にもつながっていた。
これもまた、リフレアの時代ではなかった事と言える。
国は変わったが、間違いなく、リフレアは良くなった。
それは認めざるを得ない。
また一つ、迷う。
本当は、もう、恨みなど忘れても良いのではないか、と。
この日の3日後のことだった。
俺がザックハートに初めて、渾身の一撃を与えたのは。




