【やり直し軍師SS-472】香水花(7)
今回の更新はここまで!
次回は5月24日からを予定しております!
またどうぞお付き合いくださいませ!
通りに飛び出すと、すぐにふわりと良い香りがする。私にとっては慣れ親しんだ匂いだ。
大通りを眺めるご婦人が「素敵な香りねぇ」と、隣と人と話している。その目の前には、今日の日のために設られた特注の背の高い花瓶に、香水花の束が飾られていた。
香水花の花束があるのはここだけではない、少し離れたそこにも、その向こうのあそこにも。等間隔で無数に設置してある。
香水花の花束は、城壁から王都まで続いていている。私が夜通し準備していたのは、この香水花の街道。
もちろん私一人では不可能な量の仕事だ。実際の作業は騎士団の人たちが行い、私は主に、香水花が指定した通りに飾られているかのチェックを請け負っていた。
膨大な数だけど手抜きは許されない。しかも作業できるのは、人通りのなくなった夜の間だけ。手早く、それでいて正確に確認する作業は大変なものであった。
でも失敗は許されない。おそらくこれは、私の花屋人生における最大の仕事である。まだ、お店を始めて1年ほどしか経っていないけれど、間違いなく。今後同じような規模の仕事をするのは想像ができない。
準備された香水花の量も尋常ではない。もちろん両親が育てているだけでは到底足りず、ルファ様が言った通り、村を挙げての準備となった。
王様の御璽が入った書類を携えて帰郷した私に、領主様が腰を抜かして倒れたほど、村中大騒ぎだったのを思い出す。
幸い、準備期間が1年あったので、どうにかこうにか希望の数を揃えることができた。そして今、この記念すべき日に、王都を香水花の香りが包んでいる。
花束と花束の間には兵士が並び、大通りの中央に誰も立ち入れないように警備していた。中央はゼランド王子様とルファ様の馬車が通過する場所である。
兵士だけではいささか威圧感を感じてしまうところだけれど、香水花のおかげでかなり華やいだ印象を受ける。一晩中頑張った甲斐があったというものだ。
なお、この花束、単純な香りと見た目のためだけに用意されたわけではない。お披露目会が終われば、観覧していた人々に、無償で1輪ずつ配られる手筈となっていた。
『幸せのお裾分け!』
とは、ルファ様の言葉。
「シャーリー! ぼうっとしていると通れなくなるわよ!」
スールさんに言われて、私は慌てて後を追う。今のうちなら、指定の場所から通りを横切ることができるのだ。管理している衛兵に声をかけると、通行が許可される。
「これ以降は通行できぬぞ!」
背中からそんな言葉が聞こえた。危なかった。
反対側の人混みに滑り込むと、私たちは人の合間を縫ってトランザの宿の中へ。宿の扉を閉めると、たったこれだけの移動なのに、思わずため息が漏れる。
「すごい人ですね」
「それはそうよ。さ、急ぎましょ」
私たちが向かったのは、宿の上階。ルファ様の晴れ姿を見るためにスールさんが用意したお部屋に、私も招いてもらったのである。
急いで窓を開ければ、遠くからフルレの音が聞こえてきた。ルファ様の好きな楽器らしい。
「あ、ほら! 先頭が見えた! あれはフレイン様ね!」
スールさんの指先を追えば、行列の先頭には煌びやかな鎧を纏った立派な騎士様の姿。フレイン様は第10騎士団の副騎士団長。たまに私のお店にも、花を求めて来店される。
フレイン様の後に次々と続く騎士団。そうして次に見えてきたのは、
「うわあ! 大きい!」
一際大きな騎士様に、私は思わず声を漏らす。白髪に長い髭のそのお方は、周りの兵士よりも二回りは大きく見える。
「あれがザックハート様よ。ルファちゃんの義父様」
「え!?」
見た目からしてものすごい人が義父様なのだな。私が驚いているうちに、いよいよルファ様の乗る馬車が見えてきた。
お披露目会に使われる馬車も、特注の特別なものだ。大きな馬車の上に舞台を設えて、そこにゼランド王子様とルファ様が立っている。これならば雑踏の中からでも、お二人の姿をはっきりと確認できるだろう。
「ルファ様!」
「戦巫女様!」
祝福の言葉が人々から上がり、都度、ルファ様は手を振って応える。そのお姿は真っ白なドレスを身にまとい、本物の女神のよう。
凛々しい王子様と、美しいお姫様。物語の一場面と言っても過言ではない光景が、目の前に広がっている。しかもその一方は私の知り合いだというのが信じられない。
馬車はいよいよトランザの宿の前に差し掛かる。
ルファ様は私たちに気付くと、こちらに視線をむけ、殊更大きく手を振ってくれる。
「ルファちゃん! おめでとーーーー!!」
スールさんが大声でルファ様を祝福の声をあげた。
私も負けじと、
「おめでとうございます!!」
と声を張り上げるのだった。
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お披露目会は大成功のうちに幕を下ろした。
祝宴の彩りを担った香水花は、一夜にして王都の人々に広く認知され、今日も客は引も切らない。
お陰で私も、なんとかこの街で頑張っていけそうだ。
ちなみにあの日、王都では香水花に通り名がついた。
店に入ってきた人たちは、皆、その名で香水花を呼ぶ。
「香水花はありますか」
と。




