【やり直し軍師SS-469】香水花(4)
朝一番で、にこにこしながらやってきたルファさんは、
「準備できたよ! シャーリーちゃん、今からお出かけできる?」
開口一番そう言った。
準備? なんのだろう?
私が戸惑っていると、後から入ってきたスールさんが、ルファさんへ落ち着くように伝える。
「ルファちゃん、まだ朝食も食べていないんでしょ? 一緒に食べない?」
その言葉の通り、スールさんの手にはパンの入ったかごが。焼きたてなのだろうか、室内に麦の魅惑的な香りが広がった。
「……えへへ。そういえば食べてなかった。朝ごはんにしよう!」
朝から元気なルファさんに引きずられるように、私もテーブルにつく。パンも良い物だけれど、なによりパンに添えられたジャムがすごく美味しい。これはルファさんがお土産に持ってきてくれたらしい。
「これ、なんのジャムなのでしょうか……」
「えーっとね、なんだったっけ? とにかく美味しいやつ!」
美味しいやつなら、まあ、いいか。それにしても市販のものではないのだろうか? ルファさんの手製とも違うみたいだけど……。
ともかく3人でお喋りしながら朝食を終えると、
「さ、早く行こう! 早く、早く!」
と私をせっつくルファさん。
大急ぎで準備して、宿を出ると、通りのすぐ向かいへ進むルファさん。誘われるままに、まだ人通りも落ち着いている大通りを横切ると、ルファさんは私に、ひとつのお店を指さした。
「ここ、どう?」
「どう、とは?」
店内を覗き見れば、棚などはあるけれど商品は置いていない。空き店舗だろうか。それにしても、棚の種類から推測するに、以前は花屋さんだったようにも思える。
「……良いお店だと思いますけど……」
まさか、この物件をお勧めされているのだろうか? でも、大通りの一等地にある店舗、私の予算では到底無理だ。それは自分自身がよくわかっている。
複雑な私の気持ちをよそに、ルファさんは続ける。
「本当!? よかったー! じゃあこのお店、あげるね!」
「は?」
あげる? え?
「えっと……ルファさんは、このお店の家主なのですか?」
もしかして、この辺りの地主さんなのだろうか。それなら、先日の衛兵の反応なども理解できる。ルファさんのことはスールさんにも聞いたのだけど、はぐらかされて教えてもらえないのだ。
「違うよ! でも貰ったの! 『王都の利になるなら』って!」
全然意味がわからない。正直、王都にもルファさんにも、少し得体のしれない恐怖を感じる。
「あの……」
もったいないけど断ったほうが良い気がして、恐る恐る口を開こうとした私。けれどルファさんは無邪気に私の手を握り、店内に促そうとする。
「とにかく中も見てね! お花屋さんに必要はものは大体入れてくれたみたいだけど、足りないものはないか確認して!」
入れてくれた? 一体誰が? そこまでされて、断ったら何をされるかわからない。
ますます困惑する私の肩を、スールさんがポンと叩く。
「びっくりするわよね。でも、王都に有用と、"あのお方"が評価されたのなら、せっかくのご好意、受けておいた方がいいわよ」
あのお方? また知らない情報が増えた。そんなに明かせない事情があるのだろうか? もしかして私は今、何か大きな犯罪に巻き込まれているのでは?
もう不安で備品の確認どころではない。
「それでね、お店をあげる代わりってわけでもないんだけど、一つお願いがあって……」
「え、は、はい。なんでしょうか?」
どんな無理難題が。無意識に表情が強張る。
すると先ほどまでの快活さはなりを顰め、急にもじもじするルファさん。
「……実はね〜、私、もうすぐ婚儀をあげるのだけど……」
「え、それはおめでとうございます!」
ルファさんは素敵な女性だ、お相手もさぞ麗しいお方なのだろう。もしかすると、あのサザビーさんという男性かもしれない。
「ありがと。でね、婚儀はちょっと先なんだけど、この香水花、婚儀に使いたいなぁって思って。いいかな?」
「そんなことでよろしければ、もちろん!」
「でも、ちょっと量が多くなっちゃうから、シャーリーちゃんの、地元の人にも協力してもらうことになると思うんだけど……」
「どのくらいの量なのでしょうか?」
「それはこれから打ち合わせしてみないと、わからないんだよね」
「そうですか。いえ。こんなに良くしていただいたので、どれだけの量であってもご用意します。もちろん料金もいりませんから!」
「あ、料金は大丈夫。ちゃんと払うから」
「いえ、それでは……」
「多分、シャーリーちゃんが思っているよりも、ずっと数が多くなると思うんだ!」
「そうなのですか……では、せめて割引を……」
「それは助かるな! じゃあ決まりね! はい、これ。お店の鍵!」
こうして私は、まるで何かのおとぎ話のような展開で、王都にお店を構えることになった。
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私を騙した人が捕まったと聞いたのは、開店準備でバタバタしていた最中のこと。
知らせに来てくれたのはサザビーさん。
ちゃんと取られたお金も戻ってきた。けれど、こんな立派なお店をもらってしまって、その上お金も返してもらって良いのだろうか。
そう考えたのはわずかな間。
サザビーさんから、今回の捕縛の顛末を色々と聞かされた後に、
「それで、王太子の婚儀に使う花の件ですが……」
と言われた瞬間に、先ほどの心配など頭から吹き飛んだのである。




