【やり直し軍師SS-47】第三皇子は翻弄される⑤
急な変更であったにも関わらず、オークルの砦では過不足無いもてなしを受けた。砦を預かるのは老齢の騎士だったが、かなりのやり手であるようだ。
ささやかと言いながらも、ルデクの誇る有名なハローデル牛を使った料理が供されるなど、満足のゆく夕食が終わり、私はなんとなく砦の中をふらついていた。
ルデクを代表する大きな砦の一つだ。砦の中には小さな町が存在しているような風景は、同じような帝国の砦とさして変わらない。
見咎められたら謝って大人しく部屋に戻ろうと思いながら、何の気なしに塁壁を登る。途中で声をかけてきた守備兵にグリードルの使者であることを伝えると、「塁壁から落ちないようにだけ注意してください」と言われた。
同盟国とはいえ随分と不用心だなと思いつつも、階段を上がり、そこで納得する。
塁壁の上は多くの守備兵が油断なく周辺の警戒を行っていた。ここに私一人がウロウロしたところでなんてことはない。
塁壁の上にいた兵士にも声をかけ、適当なところで足を止め、闇夜を見つめる。
視線の先には、いくつか小さな光が見えた。これらの一つが、本来宿泊する予定であったビーランドの街だろうか?
日中はともかく、まだ夜ともなると風は少し冷たい。
だが、少しワインを飲んだ体には、この位の気温が心地よい。
ーここが、ルデクかーー
私は初めて足を踏み入れた国。そして、自分がかつて滅ぼそうとした国。
ロアが父上の説得に失敗していたら、この国はどうなっていただろうか? 私はしばし、考える。
ルデクへの侵攻を提案したことに関しては、私に後悔はない。ルデクが憎いわけではない。あの頃のグリードルは大陸全土を飲み込もうと覇道を進んでいた時期だ。そこへリフレアの情報と、ルデクという国の旨みを勘案すれば、私が口にせずとも、重臣の誰かが同じことを述べていただろう。
もう一つ言えば、リフレアの情報が虚偽であったのなら、ルデクを飲み込んだのちは、リフレア侵攻への良い大義名分になる程度に考えていた。
だがその目論見は、レイズ=シュタインという存在によって大きく外れることとなる。
精強、強大を自負するグリードル兵が、たかが回廊一つ通過することができない。一度や二度ではなく、何度挑んでも跳ね返される。
ならばと搦手を使っても駄目。地理的な不利を勘案しても、レイズ=シュタインは異質であった。
しかしそのレイズ=シュタインが死に、ルデクは風前の灯火となる。そこに現れたのがロア=シュタインだ。
父上がロアの提案を断れば、グリードルは勝てたか?
勝てた。そう信じたいが、確信が持てない。
どう考えても滅びの未来しか見えなかったルデクにも関わらず、逆にリフレアを滅亡に至らしめた知謀。あれが、グリードルに敵意を向けていたら……
「皇子がこの時間に一人うろつくのは感心いたしませんな」
私の思考はリヴォーテによって遮られた。
「良くここが分かったな」
「……探しました。願わくば、ルデク滞在中はせめて居場所をお知らせいただきたく」
「すまん。初めてのルデクだったからな。少し景色を見てみたかった」
景色など見えない時間帯だ。だがリヴォーテは恭しく頭を下げる。
「お気持ちは分かりますが、明日より嫌というほどルデクをご覧いただけます」
「……そうだな。それもそうだ。そろそろ戻るか」
「はっ」
早々に戻ろうとするリヴォーテの背中に、私は問う。
「もしも、ロアの同盟を父上が跳ねつけていたら、グリードルはルデクに勝てたと思うか?」
「…………………………無論ですな」
リヴォーテの沈黙の長さが、何かを物語っているように感じた。
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翌朝早々のことだ。砦の中が騒がしいことで私は目を覚ます。
原因はすぐに分かった。ロア=シュタインがやってきたのだ。
私も支度を整えると、ロアの待つ部屋へと急ぐ。私が到着した時にその場にいたのは、グリードル側ではリヴォーテだけ。
取り急ぎ挨拶を交わすと、ロアは申し訳なさそうに、早朝の喧騒を詫びた。
「朝からすみません。ビーランドに来られるかと思って、昨晩到着したら、予定が変更になったと聞いたので……」
ロアとその側近達は我々を迎えにきてくれたようだ。
「こちらこそ申し訳ない。諸事情あって予定を変更することになったのだ」
私の言葉に、ロアは諦観の表情を見せる。
「ルルリアが同行すると聞いていましたから。予定通りには行かないだろうなと思っていました」
弟夫妻とロアは本当に親しいのだなと妙なところで納得する。まあ、今回はルルリアと同格かそれ以上に自由な御仁がもう一人いるのだが。
そうこうしているうちにルルリアがやってきた。
「あ、ロア、久しぶりー」
「やあ、ルルリア。起こしちゃったかい?」
「大丈夫よ。丁度準備していたところだったから」
「そう。ならよかった。ツェツィーも相変わらず?」
「ええ。今回は会えなくて残念がっていたわ」
「次の打ち合わせは僕が帝都に行くから、その時は予定を合わせたいね」
「グリードルに来てくれるなら、ツェツィーも予定を空けるわよ」
「うん。その辺りはまた手紙を送るよ」
「それよりも……ロア、貴方、ついに劇の主人公にまでなったのね」
ルルリアの言葉にきょとんとするロア。
「なんのことだい?」
その表情から本当に知らないようだ。
「私たち、ここに来る前にロアの演劇を見てきたのよ」
そんな風に何故か勝ち誇るルルリアに、
「ええ!? 僕の劇ってなんのこと!?」
というロアと、
「ロア殿の劇とは!?」
「ロアの劇ってなに!?」
と食いつく側近。
私は、朝からみな元気だなと少し呆れながら、ロアの動揺する様子を眺めるのであった。




