【やり直し軍師SS-468】香水花(3)
私の地元には昔から、とても香り高い花が自生していた。
野生では少し強すぎる香りを放つ花を、村の人たちが長い年月をかけて程よい香りで長く楽しめるようにと改良。今では近隣の町村で親しまれる品種となったのだ。
ただしこの花、少し管理が難しくて、知識のない人だとあっという間に枯らしてしまうため、あまり世間には出回っていない。
「私たちの村では香水花と、呼ばれています」
倉庫の一角、日の当たらぬ場所に置かれた水桶の中に、何本もの蕾の香水花が身を寄せている。
「素敵な名前だねー。でも、そんな繊細な花、よく王都まで持ってこれたね!」
「長持ちさせる“コツ”があるんです。と言っても、感覚的な部分も多くて。多分、私以外で王都まで持ってこれるのは、村でもあと3人くらいしかいないと思います」
そんな風に説明しながら、私は一本の香水花を手に取ると、ルファさんとスールさんの鼻元へと寄せた。
「これはまだ蕾なので、そこまでではないですが、鼻を近づければ少しは香りを感じ取れるかと思います」
私の言葉に、顔を寄せ合って鼻をヒクヒクさせる2人。それから顔を見合わせて目を丸くし、その目を私へ移動させた。
「凄くいい香り……。なんていうんだろう? ちょっと私には表現できないけれど、この香り、私は好きだわ」
「うんうん。スールちゃんのいうとおり。今まで嗅いだことのない香りだ! なんていうか、夏の夜空の香り?」
「あ、なんとなく分かる! スッとしてるっていうか、落ち着く感じの!」
「そうそう!」
きゃっきゃと感想を言い合う2人を見て、私は密かにほっとする。王都の人にもこの香りは好評のようだ。ならば、商品として成立するかもしれない。
「もちろん飾っても香りを楽しめますが、花びらをお茶に浮かべるのもお勧めです」
「え? 食べられるの?」
さすがスールさん。料理に関することには貪欲なのだろう。
「地元では香り付けとして利用します。毒ではありませんが、少し苦味があるので。お茶を飲み終わったら残すことが多いです。苦味が好きな人はそのまま食べたりもします」
「それは良いわね。料理の添え物になりそう。うちでも仕入れたいわ。ねえ、継続的な購入は可能なの?」
「え、ええ。先も言ったように、王都まで運べる人が他にいますので。商売が軌道に乗るようだったら、定期的に持ってきてもらうつもりでした」
「それなら宿で話してみるわね。前向きに考えておいて」
「も、もちろんありがたいですけど、そもそも店を開けるかどうか……」
そもそも私が騙されたのは、思っていたよりも王都の賃料が高かったためだ。金額と条件の折り合いがつかず、困っていた所を狙われたのである。
仮にお金が無事に戻ってきたとしても、店舗が見つからなければ諦めるしかない。
「そっかー、でも私もこのお花は王都で売って欲しいなー。うーん。じゃあ、その辺はちょっと聞いてみるね!」
「聞くって?」
「まあまあ、それじゃ戻ろっか。私はこのまま帰るね! じゃあまたね!」
そんな言葉を残して、ルファさんは風のように去っていったのである。
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それから3日間、特に何も起きない日々が続く。ルファさんもやってこない。
評判通り、トランザの宿の料理はとても美味しいけれど、豪華な部屋でただ食べてのんびりしているのは本当に落ち着かない。
かといって出かけるのも考えものだ。詐欺師を捕まえる計画は明後日だったはずだけど、何か事情が変わることだってあり得る。そんな時に不在にするのはよろしくない気がする。
それに、一方的にお世話になっている身で、気軽に街を出歩くのもなんだか申し訳ない気持ちがあるし。
もちろん香水花の面倒は見ないといけないので、スールさんに声をかけて、朝昼晩と倉庫に行く以外は、ひたすら部屋で大人しくしていた。
何もすることがないと、嫌な想像を膨らませてしまう。
詐欺師達から無事にお金は戻ってくるのだろうか。もしかしたら全額は無理かもしれない。
王都でお店を開くために、両親も少なくないお金を援助してくれた。何もしないままにお金だけ減らして帰るのは、本当に申し訳ないなと思う。
でも、なんとかしようにも店舗の問題もある。いっそ、王都での開店は諦めて、近くの街に移動しようか? それなら賃料もかなり違うはずだ。
でも、今倉庫にある香水花を持って移動して、土地勘のない場所でまた店舗を探してでは、流石に花が咲いてしまうだろう。
根があれば咲いてもしばらく持つけれど、別の街に行ったからといって、すぐに状況が好転するような気もしなかった。
―――帰るしか、ないかな―――
とてもいい人たちに助けられた。それでも、少し心は折れかけている。
無意識に涙が滲んでしまった。
「うん。まずはとにかく、お金を回収しないとね」
私は自分に言い聞かせるように、部屋で一人、そう呟いてみる。
その翌日のことだ、朝一番にルファさんがやってきたのは。




