【やり直し軍師SS-464】知者の戦い(19)
帝国に出兵を求めた、南の大陸の小国。
その真意を考えろという陛下。さして知らない国の意図などさっぱり分からない。無茶振りが過ぎる。
もちろん、通り一遍の可能性程度ならいくつも挙げることができるけれど、ここはグリードル帝国の中心地だ。僕が短時間で思いつくような話は、すでに議論され尽くしていると考えた方がいい。
僕はそのように陛下に伝えると、陛下はふふんと笑って、当然のように返す。
「まあそりゃそうだろうが、それでもお前の意見を聞きたい。参考になるからな。だからまあ、気にせず口にしろ」
どうあっても、僕の意見を聞かない限り帰すつもりはなさそうだ。
とはいえあまりに情報がなさすぎる。
「陛下、ちなみに南の国の地図とか見てもいいですか? せめてモリネラ王国の場所くらいは知りたいんですけど」
「それもそうだな。おい、誰か……」
「ご安心を、ここに用意してあります」
さっと差し出してきたのはリヴォーテだ。陛下の前ではしっかり者である。
リヴォーテは地図を広げると、そのまま解説を始めた。
「モリネラは、この、南の海沿いの国だ」
指さされた場所を覗き見る。うん。改めて地図で見ても、全然印象にない国だな。国土は昔のフェザリスとさして変わらない広さ。まごうことない小国。
周辺も似たり寄ったりの中小国家が並んでいる。近くの大国に押されて泣きついてきたとか、そんな感じではなさそうだなぁ。
と、この辺りで多少力のありそうな国は、広さ的にモリネラの北西にあるこの国か。国名は……スラン。
スラン?
その国の名前は覚えがあるぞ。えーっと……確か……。
「あっ! あの国か! ブラノア将軍の!」
「ブラノア? 誰だ?」
陛下が怪訝な顔をする。うん。知らないと思う。ブラノア将軍もまた、もう少し先の時代で名前を馳せる人物だから。
具体的には、フェザリスの軍師ドランを窮地に追いやった将軍として有名になった。その際にブラノア将軍の取った手段は、フェザリス派の撹乱である。
フェザリスに近しい2つの国を仲違いさせ、最終的に戦いの最中に撤退させたのである。
確か、これによって全滅の危機に晒されたフェザリス軍は、有能な将を一人失ったはずだ。その将を救援に向かったドランも危うく命を落としそうになったという。
ブラノア将軍の厄介なところは、スランから一歩も出ずにこれらの計略を成功させたことにある。にもかかわらずブラノア将軍の手腕と判明したのは、反フェザリス陣営が喧伝したため。
戦闘にすら参加していない国の将軍を、意味なく褒めそやす必要はないので、おそらく事実なのだろう。今改めて考えてみれば、もしかしたらブラノア将軍は明かしてほしくなかったのかもしれないけど。
けどこれ、陛下にはどうやって説明しようか。まだ起きていない事を説明するわけにはいかないし。そもそも、今後同じことが起きるとは限らない。フェザリスは僕の知る未来よりずっと力を持っている。北の大陸の後ろ盾もある。近しい国家が策に翻弄されるか不明だ。
言い淀んだ僕に対して、助けを出してくれたのはルルリア。
「お義父様、ロアはかつて、無名であったドランの事を存じておりました。同じように、まだ北の大陸では知られていない、隠れた名将を把握していたとしても不思議ではありません」
ルルリアとツェツィーは、僕の秘密を知っている数少ない人間の一人だ。僕の様子を見て、何かを察してくれたらしい。助かる。
「なるほどな……。まあ、ロアならあり得るか。変人だからな……」
最後に余計な事を言いながら、それでもなんとなく納得した陛下は、改めて僕に問う。
「で? そのブラノアってやつがなんだと言うんだ?」
そう聞かれても、近くに知っている国と将軍が居ただけの話である。別にどうと言うことはない。
待てよ?
もしかして、こういう可能性もあるのか?
僕はしばらく考えをまとめようと集中する。
流石に僕の顔を見て、様子を見ることにしたのだろう。陛下も黙って待ってくれるようだ。
そうして考えをまとめた僕は、
「もしかすると、この将軍が一枚噛んでいるかもしれません」
と陛下に伝えるのだった。