【やり直し軍師SS-463】知者の戦い(18)
陛下の部屋まで招き入れられたのは、僕と護衛役のウィックハルトだけだった。
おそらく現時点では、機密と言える遠征計画なのだろう。ならば当然、誰でも話し合いに参加させるというわけにはいかない。
ちなみにルベットも同席は許されなかった。オリヴィア様に連行されていったので、なんらかのお小言が待っているものと思われる。
「さて、と。ロア、余計なことに気づいてくれたな。が、都合がいいと言えばいいが」
ニヤニヤしながらそのように切り出してきた陛下。まぁ、僕もそう思う。本当に余計なことに気がついてしまった。面倒ごとの匂いしかしない。
「本当にたまたまですけどね」
「いや、些かお前に情報を与えすぎたのだろうな。まさか、ルベットが例の件を知っていたとは思わなかったわ」
陛下が渋面を作ると、ネッツ様が頭を下げる。
「申し訳ございません。おそらく、ルベットがこの話を知ったのは、カルーが私の私室へ相談に来た時でしょうな。まさか、聞き耳を立てていたとは……。しかもそれを利用しようとして、ロア殿に機密を察せられるなど、愚かの極み。厳罰も甘んじて受け入れるつもりです」
「いや、それには及ばん。そもそも、もう俺は断ずる立場にもねえ。決めるのはビッテガルドだ。が、お前もそれは望まねえだろ?」
陛下に話題を振られたビッテガルドは、鷹揚に頷く。
「……どう転んでも我が帝国の醜聞にしかなりませんからね。内々で処理するのが一番かと。……ロア殿がよろしければ、ですが」
「僕の方はかまいませんよ。別に何か被害を被ったわけではないので」
むしろ、実害があるとすれば、これからの話の方だろう。
「感謝する」
やりとりを眺めていたネッツ様が、僕に向かって黙礼。ひとまずルベットについてはここまでだ。
僕は改めて陛下に問う。
「それで、本題を伺いましょうか?」
「ああ。つっても、お前が予想した通りだ。南の大陸から俺たちのところに出兵要請が来た」
「フェザリスではない国から?」
「そうだ。南の大陸でも、南の端の方にあるモリネラという小国だ。知っているか?」
モリネラ……聞いたことはある。と言っても、名前くらいなら、という程度だ。ならば僕が心惹かれるような軍事的なエピソードや、北の大陸まで轟くような将軍がいる国ではないのだろう。
モリネラについて、ほとんど知らないと正直に伝える。
「そうか。ま、俺もそんなに詳しいわけじゃねえ。が、一応国交はあった。ウチが平野を平らげた頃に、南の大陸からは先を争うように親善の使者が来たからな。その中の1つだ」
「なるほど」
「しかしその後の付き合いは、わずかな交易と親書のやり取り程度の、細々としたものだ。そんな国の使者が、南の大陸にいたカルーに接触してきた」
「カルー殿に接触? 協力要請なら直接帝都を訪れるべきでは? 国交はあるんでしょう?」
「ああ。俺もそう思う。だからまず、ここから気に食わねえ。そして救援の内容もよく分からん」
「よく分からん? 救援ですから、どこかに攻められているのではないですか?」
「そこが妙にぼかされている。説明するまでもねえか、南の大陸は今、大きく分けてフェザリス派と反フェザリス派で二分されてるだろ?」
「はい」
それは当然知っている。僕らもフェザリスの勇躍に一枚噛んでいるのだ。北の大陸の2大強国がフェザリスの後ろ盾である証明として、南の大陸で武威を知らしめたことが、過去にあった。
実際にルデクや帝国の部隊が海を渡ったのは一度きりだけど、フェザリスの軍師ドランはその事実を最大限に利用し、窮状の巻き返しを図る。
ルルリアが帝国に嫁いできた当初は、滅亡の瀬戸際にいたと言っても過言でなかった小国、フェザリス。それが今や、南の大陸の盟主の一角として確固たる地位を築いていた。
南の大陸の勢力図は拮抗している。フェザリスを中心にした派閥は、どちらかといえば新興勢力の集まりだ。対する反フェザリス派は古くからの強国が多い。単純に勢力を比べれば、反フェザリス派の方がやや優勢かもしれない。
とは言っても、フェザリス派も反フェザリス派も、一枚岩と言えるものではなかった。
交易を中心とした、北の大陸からの影響を鑑みて、消極的に派閥に参加しているだけの国もあれば、血筋の縁から派閥を鞍替えする国など、非常に複雑な状況となっている。
北の大陸に比べて、中小規模の国家が多く、分裂と融合を繰り返した歴史がそうさせているのだ。
「んで、だ。問題のモリネラはどちらかといえば、反フェザリス派の国だな」
「では、フェザリス側に寝返りたいから協力してほしい?」
「単純に考えればそうなんだがな……」
歯切れの悪い陛下。そういえばさっき、初期段階で気に食わないところがあったと言ってたし。
「狙いが分からないから、出兵すべきか迷っている、と言うことですか?」
「そうだ。俺としては、正直気が乗らん」
一代で帝国をここまで大きくした人だ、その勘は馬鹿にできない。
「どうするか考えていた時に、今回のお前の一言だ」
「本当に、たまたまですよ?」
「だがその思考はたまたまじゃねえ。ロア、モリネラがどう言う意図か、お前ちょっと考えろ」
陛下はそう、僕へ無茶振りをしたのである。