【やり直し軍師SS-462】知者の戦い(17)
「一旦手を止めろ」
上皇陛下ドラクの底籠るような声。
「ですが!」
と反論しかけたルベットは、陛下の一瞥で口を噤む。
しまった。これ、もしかして極秘の計画か何かだったのか? 盤面を睨みながら色々考えていたものだから、ついつい声になって出てしまった。
陛下はやや怖い顔で僕を見た。
「ロア、お前誰から聞いた?」
陛下の質問が全ての答えだろう。やっぱり帝国は南の大陸の遠征をするつもりなのか。けれど、なぜ?
いや、まずは僕の疑惑を晴らさないとか。
「……誰からも聞いてはいないですよ。今、ルベットと対戦しながら、今回の件を考えていたら、もしかして、と思いました」
「盤面を睨みながら、だと? そのようなことが可能なのか?」
うろんげな視線を向けつつ、疑念を呈したのはジベリアーノ様。僕はジベリアーノ様との交流はあまりない。ジベリアーノ様は軍部専属なので、あまり外交の場に出てこないためだ。
「できなくはないです。ルベットがどうしてこの戦いをふっかけてきたのかなぁ、という疑問が浮かんだので、戦局を見ながら考えてました。最初のやりとりに少し気になる点があり、そこから発想を繋げていった感じですね」
そのように言いながら、僕は南の大陸の遠征に至るまでの考えを説明する。
「……最終的に決め手となったのは、ルベットのお兄さんです」
僕が説明している間、誰からも質問が出なかった。なので、このまま続ける。
「ルベットのお兄さん、カルー殿とは面識があります。当然、カルー殿の役職や仕事も聞いていました」
カルーは、南の大陸との折衝を主に担当する外交官。だからルベットは、帝国軍の機密を知ることができたのだと考えた。それが偶然なのか、意図的なものなのかは分からないけれど。
ともかく再び戦いがあると知って、ルベットは参加を希望したのだろう。でも、なんの実績もないままでは、シューレットの時のように、参加すらままならないかもしれない。
多分だけど、その遠征はそれほど遠い話ではないのではないか。だからルベットは焦って、リスクを覚悟の上で僕を利用した。
「……とまあ、こんな感じで考えました。あ、そうか。もしも遠征が急ぎの話であるなら、単なる侵略戦じゃなくて、何か救援の類ですか? それも多分フェザリス以外からの」
ルルリアの実家、フェザリスからの救援要請であれば、ルデクにもなんらかの一報があっておかしくはない。
尤も、ルルリアがいる分、帝国との関係の方が深いから、ルデクに知らせるほどでもない案件という可能性もあるけれど。
でも、フェザリスにはあのドランがいる。ルデクの助けは不要でも、先々の関係性を考えて、最低限の手回しはしてくる気がする。
僕が一通り説明し終えても、誰も言葉を発しないので少し不安になってきた。
もしかして、全く見当違いのことを長々と話してしまったのか。それならばかなり恥ずかしい。というか、そうなら途中で止めて欲しいのだけど。
ふと見れば、帝国の面々だけでなく、ルデクの面々、つまりウィックハルトやネルフィアなんかもなんともいえない顔をしている。平然としているのはリヴォーテと双子くらい。
そうしてしばらくの沈黙ののち、ようやく口を開いたのはフォルク様だ。
「……もちろん頭では理解しておりましたが、なるほどこれは……。ドラク様、ロア殿が生まれてくる時代がずれていて、私はつくづく良かったと思いました」
そんな言葉に、アイン様が応じる。
「もしもランビューレに、スキットとともにロア殿がいたらと思うと、ゾッといたしますな」
急にスキットさんの名前が出てきた。そうそう、過日、スキットさんの正体を知った時は本当に驚いた。裏町で僕が秘書をしていたその人が、あのランビューレのスキット=デグローザと同一人物だったとは。
どのような経緯でそうなったのか。スキットさんに聞いても、陛下に聞いてもちゃんと教えてくれないので、今でも気になっている。とにかく表向きは、スキットさんは戦死していたはずなのである。
なんとかその話を陛下から聞き出せないだろうか、そんなことを考え始めた僕をよそに、帝国のお歴々は僕の評価について話し合っている。めちゃくちゃ居心地が悪いので、そういうのは本人がいない場所でやってほしい。
と、今度は僕の背後からため息が。
「相変わらず、ロア殿ってちょっとアレですよね」
なんだろう、褒められた気がしないことを言ったのはサザビーだ。さらにカペラさんも呆れた声を上げる。
「この盤面を睨みながら、そのようなことを考えていたのですか……」
「へ、変態……あっ! すみません! 決して悪い意味ではなくて! あまりにもびっくりしたのでつい! 申し訳ございません!」
僕にトドメを刺したのはフォリザ。全体的に身内からの発言が酷い。
流石にフォリザに苦言を呈するわけにはいかないので、僕は苦い笑顔を向けるしかなかった。
そうこうしているうちに、陛下が話を締める。
「まあいい。こうなったら、お前にも話を聞いてもらうとしよう。ロア。勝負はここまでだ」
陛下の言葉に慌てたのはルベットだ。
「しかし勝負の結果は!?」
そんなルベットに陛下は少し冷めた目で言う。
「希望通り、お前を戦場には連れてってやる。だが、今の戦いぶりは足りぬことばかりよ。実際の戦場なら、今頃はロアの策の中だな。ネッツ、こいつはフォルクに預ける。ちょっと鍛え直すぞ」
「は。ご迷惑をおかけいたします」
「よし、では場所を移す。ついてこい」
そう宣言した陛下に付き従い、僕らは宮殿に戻ることになったのである。