【やり直し軍師SS-461】知者の戦い(16)
盤面を睨み、ルベットの手をしのぎつつ、僕は考える。
改めて思い返してみれば、今回の件は最初から違和感があった。
ルベットは戦に出る機会を失ったから、僕で鬱憤を晴らしたいと言った。まあ、これに関しては、戦いを終わらせた人間として、甘んじて受け入れよう。
問題はそのあと。
ルベットはシューレットの戦いには参加しなかった、なぜならあの戦いは一方的な制圧戦であり、戦さとしての美しさがないと。
あの時は突然だったし、戦いを華々しいだけのものと勘違いしているのかと思ったけれど、ここ、少しおかしくないか?
確かに歴史に刻まれた結果を見れば、シューレットとの戦いは、僕らにとってあまりに一方的なものであり、戦いというよりも蹂躙に近い。
けれどこれは結果論に過ぎない。色々手は打っておいたけれど、実際にシューレットがどう動くかなど、侵攻段階では誰にも読めてはいなかった。
最悪を想定すれば、シューレット全土が火の海となり、長きに渡って戦い続ける可能性とて、決して否定はできはしなかったのだ。
なら、戦場に参加したかったルベットにとっては、シューレットの遠征はやはり大きな好機だと思う。なのにどうしてルベットは、あの戦いをそんな風に表現したのだろうか。
ルベットが盤上のコマを動かす。動きに対応しようとした僕は、そこで一瞬手を止めた。この一手、なんだか嫌な感じだ。もしかして誘いの手かな?
一旦様子見、待てよ、ここはむしろ、多少手数を使っても退いて距離を取るか。
決めた。そうしよう。僕のコマの動きを見て、ルベットがほんの僅かに僕を見る。無意識の行動みたい。どうやら正解だったっぽいね。
僕の判断に対して、ルベットが長考の気配を見せたので、僕は再び考えを進め始める。
もしかして僕は、一つ大きな勘違いをしているのではないか?
ルベットはシューレットの戦いに興味がなかったのではなくて、参加させてもらえなかったのでは。つまり、戦いが美しくない云々はルベットの強がり?
一番最初の視点を変えて考えてみれば、この話、随分と状況が変わってくる。
ルベットがシューレットへの遠征への参加を希望して、却下されたとすれば、理由はなんだろう。
複合的な理由かもしれない。
なぜならルベットはオリヴィア様の子息。オリヴィア様の血筋を考えれば、両親が武官での栄達は望んでいないというのはあり得る。
それと単純にルベット自身の経験不足。
本人は戦場に出さえすれば結果を残せると牙を研いでいたつもりだろうけれど、各所で戦火が上がっている時代ならともかく、現状ではなんの実績もない人材を連れてゆく利点はあまりない。
そうなると、だ。
ルベットは僕との盤上遊戯を利用して、帝国のお歴々にアピールしようとした。自分で言うのはなんだけど、僕と一戦交えるとなれば、立ち会いたい人は少なくないだろう。実際にこうして集まっているわけだし。
そうして、武官としての足がかりを掴もうとしている。
いい線行っていると思うけれど、なんだかしっくりこない。
あ、そうか。僕を引き摺り出したリスクが考えられていないのか。僕は一応これでも、それなりに戦場を知り、軍師などとも呼ばれている。そんな僕と一戦交えて、圧倒されたらアピールどころか逆効果。
もちろんルベットにもある程度勝算があっての行動だろうけれど、それにしたって、他国の重臣を巻き込む危険性に気付かない人間ではないはずだ。
と言う事は、無茶を承知で自分を認めさせたかった。
なぜ?
……焦っている?
時間がないから、僕と言う存在を使って勝負に出た?
じゃあ、どうしてルベットは焦っている?
もしかして、近いうちに、戦いがある?
いや、北の大陸で異変は起きていないはずだ。少なくとも僕は把握していない。あり得るとすれば帝国内の問題。シューレットのような内乱の討伐。
これも考えにくいな。そんな問題を抱えておきながら、盤上遊戯大会を開催など、いくら陛下といえど、陛下だからこそそんな真似はしない。
そういえば、ルベットのお兄さんって……。
まさか。
思考の先、とある可能性に思い至った。
盤面を睨みながら、つい、僕はその可能性を口からこぼす。
「南の大陸に、遠征……?」
一瞬でその場の空気が、変わった。