【やり直し軍師SS-46】第三皇子は翻弄される④
神算鬼謀、機謀権略、奇策縦横、機知奇策。
ラ・ベルノ・アレの役者が演じるロア=シュタインは大軍師の名に恥じぬ縦横無尽の活躍で、ルデクを勝利に導いてゆく。
演劇である以上、主人公のロア=シュタインの活躍は大幅に誇張されているのだろうが、それにしても劇中のロアは凄まじい。
しかし、それらを事実のように感じさせるあたり、ラ・ベルノ・アレの技量を感じる。
一言で言えば、面白かった。
「ーーそしてロアは、大陸に恒久の平和をもたらしたのでございますーー」
語り部が物語を締めると、ロカビル達だけではなく警備の兵士からも拍手が湧き起こった。
リヴォーテだけは少し複雑な表情をしているのはなぜだろうか。ロアと不仲なのか? いや、帝都で見た感じではそうでもなかったが。
拍手が終わると、団員が恭しく頭を下げて舞台を降りてゆく。
最後に残った男に、サリーシャ様が声をかけた。
「……確か、貴方、グーベックだったかしら? 一座の取りまとめ役よね」
グーベックと呼ばれた男は、再度頭を下げ、そのままの姿勢で返答する。
「私などの名前を覚えておいていただけたこと、恐悦です。サリーシャ様」
「ラ・ベルノ・アレは有名ですもの。今度、帝都にいらしたら、皆様を宴にでもお誘きしたいのだけど……」
グーベックは顔を上げぬまま、
「我々などには勿体ない申し出ですが……劇の披露であれば、またお声がけくださいませ」
と、やんわりと断ってきた。
「あら、振られちゃったわね。自由を愛する貴方達のこと、仕方がないわ」
サリーシャも強要するようなことはしない。しかし、私は妙に気になって、余計な一言と分かっていながらもグーベックに問いかける。
「ロア=シュタインの招きであったらどうなのだ?」
私の言葉に、グーベックの肩がぴくりと動いた。
「いや、誤解のある言い方をしてしまってすまん。別に嫌味を言うつもりではない。ただ今の劇、随分とロア=シュタインに入れ込んでいるように感じた」
私は演劇の素人ではあるが、ラ・ベルノ・アレや、他の旅一座が帝都にやってきた時に幾つかの劇を見たことがある。
だが、今回の劇は、なんと言うか熱量が違った気がした。それが、物語を書いた者の熱なのか、演じる者の熱なのかは分からないが。
ロカビルの素直な感想に、グーベックはようやく顔を上げる。
「ロカビル=デラッサ様は良い目をお持ちですな。おっしゃる通り、この劇は我々にとって特別なものです。ゆえに、最初はこの場所で、この地に散っていった方々の前で演じようと決めておりました。そして、ロア=シュタイン様もまた、多くの旅一座にとって特別な存在。先ほどの問いでございますが、ロア様が呼ばれるなら、伺いましょう」
「……随分と、ロア=シュタインを買っているのだな。理由を聞いても良いか?」
「特に隠すような話ではございません。こちらは構いませんが、時間がかかります。お急ぎでは?」
グーベックに言われてはたと気付いた。もう良い時間である。予定の宿泊地まではどのくらいかかるのだろう。
「ねえ、リュゼル様、なんとかならないかしら?」
ルルリアが目を爛々とさせながらリュゼルを見る。興味津々と言った様子だ。
「しかし……」
リュゼルも困った様子。そんな間に入ったのはリヴォーテ。
「リュゼル。今日はオークルの砦に泊まったらどうだ? あそこならここから近い」
「オークルですか、まあ、これから準備をさせれば対応は可能だとは思いますが」
「やった!」
喜ぶルルリアと、苦笑するリュゼル。ルルリアでなくとも、こんな中途半端なところで聞かずに終わるのは私も座りが悪い。
話がまとまり、リュゼルが部下を数名オークルの砦に走らせるのを待って「では、話しても宜しいか」と、グーベックが口を開く。
グーベックが語った話は、先ほどの劇にも負けぬほどに、ロアの凄さと怖さを感じさせるような物語であった。
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劇と共に、予期せぬロア=シュタインの物語を聞いた後の馬車の中。すっかり暗くなってしまった道を、オークルの砦に急ぐ。
馬車の中で鼻歌を歌うルルリアに、私は「随分とご機嫌だな」と声をかける。
「ええ。ツェツィーにとても良い土産話ができましたもの!」
嬉しそうなルルリアに、サリーシャ様も微笑んでいる。
「話には聞いていたけれど、貴方もツェツェドラも随分とロア殿にご執心なのね」
「はい。サリーシャ様。ツェツィーもロアが大好きなんです。最近はよくお手紙のやり取りをしているそうですよ」
「あらあら。ちなみにルルリアも?」
「いえ、私は祖国の商売関係のやり取りだけですね。夫のある身ですから! 代わりと言ってはなんですけれど、ラピリアやルファとはよくお手紙をやりとりしています!」
「ルファ、とはザックハートの義娘だったな。確かリヴォーテとも親しいと聞いている」
私は一度しか会ったことないが、なかなかに人懐こい娘だった記憶はある。
「ええ。ルファのお手紙にもリヴォーテと楽しく遊んでいる話がたくさん書かれていますよ。よく一緒に第10騎士団の食糧庫の掃除をしているそうです」
「ルデクの騎士団の食糧庫の掃除を? リヴォーテが? なぜだ?」
「さあ?」
私は思わず馬車から顔を出して、馬車の隣を警備しているリヴォーテを見た。
「どうされましたか?」
こちらに気付いたリヴォーテ。松明に照らされ、凛々しい顔で私に視線を向けている。
「いや、なんでもない」
私は首を傾げつつ、窓から顔を引っ込めた。




