【やり直し軍師SS-456】知者の戦い(11)
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次回更新は4/13を予定しています!
2日目の対戦を終えて、僕らは4勝2敗という結果となった。
本日の相手はゴルベル。負けたのは僕で、フォリザとカペラさんは無事に勝利を収める。カペラさんは僕同様になかなかプレッシャーがあったらしく、1勝できたことに心底ほっとしていた。
現状で好成績を収めているのは、トップが帝国。6戦全勝だ。特にオリヴィア様とその子息、ルベットが圧倒的な強さを見せて勝利を収めている。後を追うのは僕らと、シューレットの代表。
僕らはカペラさんの初勝利をお祝いするため、貴賓席へと戻ってきて、屋台の料理で乾杯。
双子は本気で全ての屋台の料理を堪能する心づもりらしく、僕らが戻ってきた時にはすでにテーブルに所狭しと料理が並べられていた。
「お疲れ様です」
ウィックハルトの労いを受けながら、肉を取り合っている双子を尻目に着席。現在はツァナデフォルとルブラルの一戦が繰り広げられているので、それを眺め、次の一手を検討しつつ料理に舌鼓を打つ。
今回の料理の中で気に入ったのは、トゥトゥの揚げ焼きを甘辛く炒めたもの。燻製肉も入って食べ応えもある。何より面白いのはその形状だ。
本来楕円形のトゥトゥを一旦細く細かく切って、それを集めて揚げ焼きにしてから炒めている。
随分と手の込んだ料理だ。こういう回転率が大切な場所で出すには向いていない。初めて屋台に挑戦している料理人なのかもしれない。
この料理、食感がとても面白い。少し焦げてサクサクしている部分や、ホクホクした部分が混在し、口の中でパラリとほどけてゆく。どちらかと言えば、お酒のあてかな。
ともかくお腹いっぱいになるまで堪能し、ツァナデフォルとルブラルの戦いを観戦し終えた僕らは宮殿の宿舎へ戻ることに。
宮殿直通の王宮専用通りに入ろうとすると、城門前に人がいるのが見えた。
「あれ? ルベット殿?」
ルベットは僕に視線を定め、ぺこりと頭を下げる。
「私は無官ですし、ロア様に敬称をつけてもらうような人間ではありません。ルベット、と呼び捨てを」
そうは言っても、と何度か押し問答をして、話が進まないので結局僕が折れた。
「……それで、ルベットはどうしてここに?」
「ロア様を待っていたのです」
「僕を?」
「はい。私は今回の催しで、貴殿に勝ち、溜飲を下げたいと思っています」
「……穏やかな話じゃないね。僕は君に恨まれる覚えはないのだけど?」
そもそも今回が初対面だ。
「ええ。これは私の一方的な逆恨み」
「事情を聞いても?」
「もちろん。そのためにここで待っていたのです。我がストレイン家には家訓がありまして。と言っても父上と母上が再興した家ですので、両親の定めた決まり事ですが……」
「もったいぶるな」
「さっさと言え」
先ほどのルベットの挑戦的な言葉に、すっかり戦闘態勢の双子。ウィックハルトも視線鋭くしているし、サザビーとネルフィアは無表情を装いながらとても楽しそう。
一般人ならすくみあがるような双子やウィックハルトの圧を受けながら、それでも飄々とした雰囲気のままルベットは口を開く。
「20になるまでは戦場に出てはいけない。それが我が家の家訓です」
ん、ちょっとピンときたぞ。
「……今、君の歳は?」
僕の質問に嬉しそうにするルベット。
「……さすが大軍師様。話が早い、私は今年齢27になります」
ルデクとリフレアの最後の戦いから7年以上。
戦場を知らない世代、か。
多分、戦場に出る機会を失った鬱憤を、僕にぶつけたいと言うのだろう。
でも、待てよ?
「先年のシューレットの戦いには参加していないのかい?」
シューレット侵攻は非常に大きな規模の出兵だった。名を挙げたければ参加すれば良いはず。こんなところで僕にあたるより、よっぽど満足すると思うのだけど。
けれどルベットは悲しそうに首を振る。
「あの戦いに私の出番はありません。仮に従軍しても、末端でただ行進しているだけで終わってしまう。それに何より……」
「何より?」
「あれはおよそいくさとは呼べぬものです。一方的な制圧戦。私の望むそれとは、根本的に違います」
正直、危うさを感じる発言だ。戦争を美化するのは好ましいことではない。あんな血生臭く、得るものより失うものの多い行為は物語の中だけで十分である。
まあ、思い返せばかつては僕も同じだった。実際の戦場を知らないときは、単に華々しさや物語性の美しさを楽しんでいたのだから、人のことは言えない。
なのでルベットに苦言を呈するつもりはない。そもそもそれは僕の役割ではないし。
ただ、このルベットの考え、ルデク宰相としてはちょっと見逃せないかもしれない。
きっと、こんな考えを持っているのはルベットだけではない。英雄譚を聞きながら、戦場に出ることは叶わなかった世代。それはルデクにも必ずいる。
おかしな形で不満が噴出しないように、対策を真剣に考えておいた方がいいかもしれない。
僕はそんな事を考えているうちに、反論がないと見たルベットは続ける。
「なのでせめて、生きる英雄に私の才をぶつけ、勝利を収めたい。是非、私と一戦願います」
その程度で下がる溜飲なら構いやしないのだけど、懸念がひとつ。
「がっかりされないように先に伝えておくけれど、盤上遊戯の実力は明らかに君の方が上だ。それでよければ、好きにするといい。あ、陛下にはちゃんと許可をもらってほしいかな」
「ええ。存じています。しかし古典的ならばいかがですか? より実践的な古典的は、通常の盤上遊戯とは全く違います」
そうだね。古典的ならば話は違うかもしれない。それはルデクで試してみて実感している。多分、古典的なら、フォリザより僕のほうが強い。
「けれど、君の個人的な恨みのために、競技内容を勝手に変えていいのかい?」
「いいえ。多分、ロア様も気づいておられるのでは? 全てが終わった後に、陛下が余興として古典的の準備をしていることは」
「……」
まあ、予想はしていた。
「そこで私と戦っていただきたい。先ほど言質はいただきました。私はこれより上皇様に願い出て参ります。それでは」
最後は一方的に口にして、さっさと去ってゆくルベット。
「なんだあいつ」
「一発ぶん殴るか?」
「うん。やめておこうね」
僕が双子を宥めていたら、
「なるほど、そういう意図だったか」
ルベットが去っていった方を見ながら、城門の影より、リヴォーテが姿を現したのである。