【やり直し軍師SS-449】知者の戦い(4)
「それにしても、カペラさんが盤上遊戯の名手だったとは」
意外、というのはいささか失礼かもしれないけれど、一度もそんな噂を耳にしたことがなかった。
僕の言葉に、カペラさんはやや恥ずかしげに、
「いえ。そんなに自慢できるほどではありません。ただ、私は武力という点において、ワクナやレノアに劣るので、トール様のお役に立つために戦術を磨こうと思っただけなのです」
なるほど。盤上遊戯は判断力や視野を広く取る訓練にはちょうどいい。僕が感心していると、トール将軍が胸を張りながら口を挟む。
「どうだ、うちのカペラはすごいだろう? もっと褒めてくれていいぞ」
カペラさんは偉いけれど、別にトール将軍は関係ない。
「カペラはすごい」
「ああ、トールよりもすごい」
双子が余計なことを言う。
「なんだと! カペラを見出した俺もすごいだろう? 俺も褒めろ!」
「カペラはすごい」
「トールは別に」
「上等だ! 力づくでもすごいと言わせてやる!」
「望むところだ」
「かかってこい」
ギャーギャー言いながら速やかに去ってゆく3人。とりあえず僕も用はないので放っておく。そもそも僕は『カペラさんの力を借りたいので協力してほしい』と、手紙で伝えて許可をもらいたかっただけなのだ。
「……すごいお方ですね」
あっけに取られていたのはフォリザだ。褒め言葉かは知らないけれど、すごいと言われてますよ? 良かったですね、トール将軍。
ともかく、ここからが本題。盤上遊戯の祭典が行われるのは今から3ヶ月後。その間僕らは時間が許す限り、盤上遊戯の腕を上げるための特訓である。
それには実力者同士で戦うのが一番良い。そのためにカペラさんに王都まで来てもらったのである。
尤も、僕は盤上遊戯だけやっているわけにはいかないので、毎回政務が終わってからの参加予定だ。
なお、特訓にはゼウラシア王も参加する。
元々盤上遊戯好きの王だ。参加したくてうずうずしていた。実力は申し分ないので助かる。また、王の方でも盤上遊戯好きを集めてくれるという。
とりあえず、今後の予定などを説明してから、僕は改めて2人へ問うた。
「ところでカペラさんやフォリザは『古典的』の盤上遊戯は知っている?」
「古典的ですか……。知識として、多少は」
とはカペラさん。
「私はたまにおじいちゃんと。でも時間がかかるのでそれほど経験はありません」
普通はそうだよね。
「実は、できれば古典的でも、それなりに戦えるようにしておきたいのだけど」
「しかし、先ほどのお話では、一般的で開催されるものとばかり」
「そう。カペラさんの言う通り、本戦は一般的で行われる。そうでないと、見ている方も理解できないからね。ただし」
「ただし?」
僕は少し前にあった、南の大陸から来た軍師と、陛下と盤上遊戯に関する出来事の話をする。結構前の話になるけれど、あの時は僕が陛下に盤上遊戯で圧勝した。絶対に陛下は覚えている。
「多分だけど、本戦が終わったあとあたりに『余興だ』とか言って、古典的を持ち出してくると思うんだ。別に負けてもいいのだけど、ルデクの代表としては、あまり無様な負け方はできないからね」
「なるほど……なるほど? あの……帝国上皇はそのような性格のお方なのですか?」
カペラさんが首を傾げる。実際に会ったことがなければ、こう言う反応にもなるだろうな。
「そうだよ?」
「それは、なんというか……その……」
言い淀むカペラさん。まあ、いずれ本人を見るのだから、その時に判断して貰えば良いのだ。
こうして僕らは通常の特訓に加えて、古典的の戦い方についても学び始める。古典的は複雑だけど、覚えてしまえばこれは奥が深くておもしろい。
「こちらの方が好みかもしれません」
と言ったカペラさんの言葉は、3人の共通認識だ。
それと古典的に、強い興味を示した人物がもう一人。
「ロアよ、これはもう少し一般に浸透させる事はできぬか?」
真剣な顔のゼウラシア王。かなりお気に召したようだ。
「うーん。そうですね……すぐには思いつきませんが、何か考えてみましょう」
そんなこんなで瞬く間に時は過ぎ、僕らは帝都デンタロスへと出発したのである。