【やり直し軍師SS-45】第三皇子は翻弄される③
私達を乗せた馬車は、北ルデクで2つの街を経由して南へと進み、とある小さな盆地へたどり着いた。
その場所には少々異様な光景が広がっており、私達は即座にここがどこかを理解する。
「もしかして、ここが……」
「ええ、フェマスです」
窓からの景色を見ていたルルリアの呟きに、すっかり話し相手として馬車の中に拘束されているリュゼルが答えた。
「馬車を止めてちょうだい。見てみたいわ」
サリーシャ様の言葉で馬車が止まり、連れだって降り立つと、そこにあったのは馬鹿馬鹿しいほど長大な塁壁だ。
「……」
しばし全員が言葉を失い、その塁壁を見つめる。
最初に言葉を発したのはルルリア。
「……献花台などはあるのですか?」
「はい。壁の向こう側に」
リュゼルが指差した部分は、ぽっかりと開き、道になっている。
「では、祈りを捧げるのはそちらに行ってからと致しましょう。それにしても、壁はそのままなのですね」
サリーシャ様の言葉に、この道中で解説がすっかり板についたリュゼルが口を開く。
「東西にあった砦は破却したのですが、他に優先すべきことが山積みのため、塁壁はこうして捨て置かれています。西の塁壁はともかく、東側の塁壁は一部破壊されておりますので、崩落の危険がありますから近づかぬようにお願いします」
「その話は手紙で知っているわ。ラピリアが危なかったのよね」
ルルリアの言葉にリュゼルは頷いた。私は再び塁壁に目を向け当時の激闘を思い描く。
一部は焦げているのか、煤で黒ずんでおり、戦いの激しさを物語っているようだ。
僅か1年と少し前に、この場で大陸史上に残る戦いが行われたのだ。重症者と死者は両軍合わせて3万を超えると聞いた。とんでもない人数である。
帝国も戦いに明け暮れ、相応に大きな戦いも経験してきたが、両軍合わせても万を超える被害ですら、まずなかったと記憶している。
毎回このような戦いを繰り広げれば、国はあっという間に痩せ細ってゆく。通常はこのような無茶な戦いはそうそう起きぬものだ。
それだけ、両国ともにここで決着をつけるという強い意思を持って、この場に立っていたことがよく分かる。
ロア=シュタインがそのようにお膳立てをしたのではないかとも耳にした。それが事実であれば、私の感覚からすれば正気の沙汰ではない。
「さ、そろそろ壁の向こうへ参りましょう」
リュゼルに促されて壁を通り抜けてみれば、視線の少し先には小さな町らしきものがあった。
「町? 確かフェマスには何もないのではなかったか?」
東の山沿い近く、小さいながらも確かに町だ。
「ええ、フェマスにはかつて小さな宿場しかありませんでした。それも戦の前に無くなっていたのですが……時が経つにつれ商人や旅人達が足を運ぶようになり、そこから徐々に町が」
なるほど、不謹慎なものだが、商人や旅人にとっては一度は見てみたい話題の場所なのだろう。
「献花もあの町でできます。そういえば、どのような巡り合わせか、町のある辺りはロアが本陣を構えていた場所です」
そんな説明を聞きながら町へと歩を進めると、町の中が妙に賑やかなことに気づく。
「……何事もないとは思いますが、一応、警戒を。一度馬車へお戻りください」
リュゼルが真剣な顔になり、同じくリヴォーテも町に鋭い視線を送る。
だが、警戒が必要だったのはわずかな時間だった。
「どうやら有名な旅一座が町に立ち寄ったようです。それであの盛り上がりだったと」
リュゼルは少し渋い顔をしながら、我々にそのように報告してきた。
「有名な? 名前は分かるのですか?」
「確か……ラ・ベルノ・アレとか」
「あら、その名前なら存じています。確かに有名な旅一座ね。帝都でも何度も演劇を披露しているわ。けれど、なぜ、こんな人の少ない場所で?」
サリーシャ様が言うと、町を確認してきたリュゼルの部下が「実は……」と話し始める。
「ロア副団長を主人公とした劇を作ったらしく、ようやく完成したので、最初のお披露目はこのフェマスにしようと思ったそうです」
「ロアの劇ですって! 凄いわ!」
目を輝かせて、前のめりになる義妹。
「時間に余裕があるならば、見てみたいわね」
サリーシャ様からもそのような希望が上がる。ああ、そうか。この展開が予測できたからリュゼルは少し渋い顔をしていたのか。或いは、警備の手筈を考えながら話していたからあんな表情になったのかもしれん。
「時間はありますが……」
すっとリヴォーテを見るリュゼル。
リヴォーテはゆっくりと頷く。
「サリーシャ様、ルルリア様、この辺りは安全とはいえ……」
「あら、リヴォーテが安全と判断したなら安全ね。とはいえ、流石に町の人たちに混ざってと言うわけにはいかないかしらね。ラ・ベルノ・アレの方に、別途町の外でも一度演じていただけないか相談しましょう」
リヴォーテの話を最後まで聞くことなく、サリーシャ様が決めてしまう。多少強引とはいえ、正直言って私も劇には興味もある。
「仕方ないですね。安全が確保できなければ、中止にいたしますよ。宜しいですか」
リヴォーテが怒ったように宣言するも、サリーシャ様とルルリアはすでに観覧する気満々でキャッキャとはしゃいでいる。
これでは誰の休暇か分かったものではないなと思いながらも、ロカビルも密かにどのような物語を見ることができるのか、楽しみにするのであった。