【やり直し軍師SS-447】知者の戦い(2)
「くれぐれも、よろしく頼む」
そんな言葉を残し、ロカビルは深いため息と共に帝国へと帰っていった。
陛下主催とはいえ、細かい雑務は少なからずロカビルが携わることになるのだろう。裏方の大変さはよく分かる。まして、ロカビルにとっては慣れない仕事だろうから、少々気の毒だ。
とりあえず僕は、せめてもの助言として、「ルルリアを巻き込んだ方が良いよ」と伝えておいた。陛下に負けず劣らず面白いこと好きなルルリアであれば、うまくロカビルをフォローしてくれる事だろう。
さて、僕は僕で仕事が増えた。
ロカビルの、というか陛下の希望は各国から3名の代表者を集め、盤上遊戯で雌雄を決する戦いを開催したいそうだ。
この3人の代表戦をイベントの中心にして、他にも一般の盤上遊戯好きを集めて、好きに戦えるような場を提供する計画らしい。
観客らは各所で行われる対戦を気軽に観戦でき、周辺には屋台なども出す、と。確かにこれはなかなか規模の大きな催しになりそうだ。
屋台などのいくつかのアイデアは、ルデクで行った催しを参考にしているのが窺えた。
で、僕の仕事としては、ルデクの代表者を選ばねばならない。
ゼウラシア王には、上皇の親書が届いたので話は早い。僕の方で好きに選べとの許可をもらっている。
陛下の要望で僕の参加は確定しているので、残るはあと2人だ。とはいえ、下手な人物は推挙できない上、僕は盤上遊戯方面の好事家に明るいわけでも、顔が広いわけでもない。簡単なようでなかなか悩ましい事を任された。
とはいえ実は、声をかける一人目は決めていた。王都には僕でも知っている、盤上遊戯の名手が一人いるのだ。
名はジャスター。市井の人間でありながら、盤上遊戯の指導のために、ゼウラシア王直々に呼び出された事もある有名人。
とりわけ僕にとっては、まだ一般兵だった若き頃のレイズ様と一戦交えた人としても記憶にある。
ジャスターとの戦いにレイズ様が勝利した話が巡り巡って、王の耳に届き、抜擢に繋がったという逸話は非常に印象深い。
レイズ様は間違いなく達人の域であったので、負けたとはいえジャスターの実力に疑いはなかった。ただ、そろそろ老境に入っているので、参加を快諾してくれるかが不安ではある。
問題なのはもう1人。
少なくとも僕は他に、盤上遊戯の上手は知らない。
いや、厳密にはいるのだ。
レイズ様と頻繁に盤上遊戯を嗜み、ジャスターも呼びつけてまで貪欲に上達しようとした人物が。
ゼウラシア王その人である。
けれどさすがに、ゼウラシア王を連れて行くわけにはいかない。万が一王が参加を希望したとしても、万が一元皇帝と公然の場で戦うことになれば、遊びとはいえ様々な方面で差し障りが出かねない。
そうなれば僕やロカビルが色々と大変になるのは、火を見るより明らかだ。
かといって、第10騎士団の面々はいずれも並み程度の腕前。元々盤上遊戯でレイズ様の相手をできるような人物はいなかったそうだから、探したところで期待はできないだろう。
僕の古巣、文官仲間の方も微妙だ。
そこそこ打てる人材はいたけれど、僕が脅威に感じるほどの相手は知らない。
そもそも、陛下の指名で代表に選ばれただけで、僕だって客観的に見れば自分が名手かと言われれば疑問符がつく。そんな僕に敵わないのでは、国の代表を背負うのは大変だと思う。
「うーん。まず一人確保するべきか……」
とにかくジャスターに了承をもらっておこう。それに、ジャスターなら他の名手を知っているだろうし。
「ウィックハルト。ちょっと出かけるからついてきて。盤上遊戯の名人に会いに行くんだ」
「ロア殿、必要とあれば、その人物を連れて参りますが?」
「こちらがお願いする立場だし、僕から出向くよ。もし不在だったら、その時は足を運んでもらおうかな」
「了解しました。馬ですか? 馬車ですか?」
「馬で行こう」
「では、護衛に双子も呼んできましょう」
いつもの流れだけど、僕はウィックハルトに待ったをかけた。
「双子は今回は遠慮した方がいいかな。それならネルフィアかサザビーに頼みたいところだね」
双子は盤上遊戯には全く興味を示さない。ジャスターのところに連れてゆくのは心配の方が大きい。
「了解です。レニー、悪いが……」
「はい、すぐに声をかけてきます」
そうそう部屋を出て行ったレニー。
しばらくしてやってきたのはネルフィアだ。
こうして僕らは連れ立ってジャスターの自宅へと向かったのである。
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幸いジャスターは自宅にいた。
杖をつきながらやってきて、やっとの事で席に座ったジャスターは、僕の要請を受けて、本当に申し訳なさそうな顔をする。
「大変光栄なお申し出ではございますが……実は先般腰をやりましてな。見ての通り、杖がないとままならぬ状態なのです。多少回復したとしても、帝国までの旅路はとても……」
登場した姿を見た段階で不安を感じたけれど、そういう事情であれば仕方がない。
「それは残念です。大事にしてください。それと可能でしたら、ジャスター殿が推薦できるような人物がいたら紹介していただきたいのですが」
僕の頼みにジャスターは腕を組んで、はっきりと断言。
「私と互角に戦えたのは、後にも先にもレイズ様のみです……」
「そうですか……」
「しかし、まだまだ私の域にはありませんが、有望な者で宜しければご紹介できます」
「本当ですか! ぜひお願いします!」
即座に頼んだ僕に、ジャスターは奥の部屋へと声をかけた。
「フォリザ、ちょっとこちらへ来てくれ!」
呼ばれてやってきたのは、まだ年若い娘さん。
「これは私の孫娘です。名をフォリザ」
「初めまして。フォリザと申します」
やや緊張気味に頭を下げるフォリザ。僕はフォリザに名乗ってから、ジャスターとフォリザを交互に見る。
「まさか……有望な人物というのは……」
「然り。私はこのフォリザを推薦したく存じます」
ジャスターは自信を持って、僕に頷いてみせるのだった。
 




