【やり直し軍師SS-44】第三皇子は翻弄される②
ルデクへと向かう馬車の中で、私はサリーシャ様に話題を振る。
「それで、父上とロアの打ち合わせとは、どのような内容なのですか?」
「大した話ではないわ。作成した区割りを見せに行くだけだったみたい」
そのように言いながら、馬車の片隅に丸めて立てかけてある大判の羊皮紙を指し示した。
父上は昨年、「戦勝祝いにゆく」と言って、ルデク王都へ電撃訪問を敢行していた。その時にロアと共に計画している街の予定地も視察していたようだ。
おそらくその時の実地を元に、区割りを作成したのであろう。
本来であれば直接ロアと父上がやり取りした方が話は早いが、おそらく、今回の話し合い程度ならサリーシャ様でも問題ないと思われる。
何せ帝都を造った際、サリーシャ様は父上とともに計画の中心で采配を振るっている。
そもそも昨年の戦勝祝いのような記念となる行事でもないのに、皇帝がほいほいと気軽に他国へ行くというのは、先方からしても心穏やかなものではないだろう。とくに私のような裏方からすれば負担が大きい。
とすれば結果的にではあるが、今回のサリーシャ様の提案は、両国にとって悪いものではない。
そんなことを考えていると、ひとりご機嫌で外を眺めていたルルリアが「あ、そろそろ旧リフレア領ですね! 今は北ルデク。どんな風景でしょう!」と楽しげに声をあげた。
ちなみに予定ではツェツェドラも同行する予定で呼び寄せたのだが、父上が「せめて手伝いを! そうでないと3人分の仕事をする俺が死ぬ!」と泣きつき、ツェツェドラはそのまま父上の手伝いで帝都に滞在することになったのである。
「ロカビル兄様とサリーシャ様がご一緒なら、心配ないでしょう。ルルリアをお願いします」
そんな風に言いながら、父上の政務の手伝いを買って出てくれたのだ。出来た弟だ。
ツェツェドラなら無難にこなすだろう。最近は領地の運営も板についてきたと聞く。ロカビルとしても残してきた仕事に対して、少しだけ肩の力を抜くことができた。
「ロカビル義兄様も北部ルデクは初めてでいらっしゃるの?」
問いかけるルルリアに、私は「いや」と首を振る。
「無論遊覧としては初めてだが、リフレアの時代に招かれて何度か宗都へ出向いたことがある」
そのリフレアが滅んだ。北ルデクに踏み入れると改めて実感が湧く。私にとってはあくまで仕事の取引先と言った感はあったが、それでも知る国の滅びに僅かな感傷が胸をよぎった。
尤も、ここまで数々の国を喰らって大きくなってきたグリードルだ。はっきり言ってしまえば耳に馴染んだ話で、そこまで大きな動揺はない。
何だかんだと景色を楽しみながらゆっくりと進む馬車の元へ、前方から土煙をあげて数名の騎馬がやってきた。
警護の兵が一瞬緊張感を漂わせるが、ルデクの旗の中に見慣れたグリードルの旗が混ざるのを見て、すぐにその気配が緩む。
「リヴォーテが迎えにきたようですね」
サリーシャ様の言う通りだろう。
ルデク滞在中は、ルデクの国内事情に詳しいリヴォーテが何かと面倒を見ることとなっている。馬車は足を止めて、やってくるリヴォーテ達を待ち受ける。
それなりの数の兵士が颯爽とやってきて、統制の取れた制止を見せる。ルデク兵は精強と聞くが、その一端を垣間見た気分だ。
部隊の先頭にいたリヴォーテが、早々に下馬して近づいてきた。
「サリーシャ様、ロカビル皇子様、ルルリア皇妃様。お久しぶりでございます」
丁寧に頭を下げるリヴォーテに、会って早々にサリーシャ様はニヤニヤと悪戯っ子の顔で言葉を投げかける。
「リヴォーテは随分と楽しそうに過ごしているらしいわね。少し、顔色も良くなったかしら?」
「は? いえ、決してそのようなことは……」
動揺するリヴォーテに、サリーシャ様は満足そうに微笑んだ。
「冗談よ。いつもご苦労様です。今回も出迎え感謝するわ」
「……お戯れはおやめください。相変わらずお元気そうで……」
苦笑で返すリヴォーテ。リヴォーテが帝都にいた頃は、私もよく見たやり取りだ。どういう訳かサリーシャ様は、隙を見てはリヴォーテを揶揄いたがる。
昔はあの堅物のリヴォーテと喧嘩にならないものかと不思議だった。
だが、ルデクでどのような心境の変化があったか、ロア達と共に帝都へ戻ってきた際の歓迎会では、こちらが面食らうような側面を見せていた。
もしかすると、サリーシャ様は早い段階から、リヴォーテのそのような一面も見抜いていたのかもしれない。
「失礼。我々もご挨拶をさせて頂いても?」
リヴォーテとサリーシャ様の挨拶がひと段落したところで口を挟んだのは、ルデクの兵士を率いてきた指揮官。
「第10騎士団所属、リュゼルと申します。王都までの皆様の安全は、我々が保証いたします」
「リュゼル様。ご高名は伺っております。ロア様の側近のお一人ですね。貴方様ほどの方にわざわざお出迎えいただき感謝いたします。皇帝ドラクが妻、サリーシャ=デラッサです」
「サリーシャ様、私こそ、皇帝陛下が最も頼りにされておられるお方と伺っております。お会いできて光栄です。そちらはロカビル皇子ですね。初めまして」
「ああ。ロカビル=デラッサと申す。この度は貴殿らに世話をかけるが、よろしく頼む」
「ロカビル様は休暇でお越しとのこと。なんでもお気軽にお申し付けください」
俺とサリーシャ様との挨拶を終えたリュゼルは、次にルルリアへと視線を移した。
「リュゼル様、お久しぶりです! もうすっかり有名人ですね!」
ルルリアの気安い挨拶に、少し表情の固かったリュゼルも苦笑を見せる。
「ルルリア様こそ。ドラーゲン造成の中心人物として、ルデクにもお名前が聞こえてきておりますよ」
「あら、そう? 他の皆様もお元気かしら?」
「ええ。ルファなどはルルリア様との再会を心待ちにしています。是非会ってやってください」
2人の気安い会話を聞いたサリーシャ様は、少しだけ首を傾げた。
「ルルリアは第10騎士団の方と親しいとは聞いていたけれど、こちらの方とも?」
「ええ。私が乗った船が漂流して、結果的にゲードランドに滞在していた時に、ロア様と一緒に面倒を見てくれた方のお一人がリュゼル様です」
「へえ、そうなの。そういえばその時の話って、ちゃんと聞いたことがなかったわよね。せっかくだからお話ししてくれる? リュゼル様も馬車へどうぞ」
「え? いえ、私は警護に……そもそもあの時もただの護衛で…」
「グリードルから連れてきた兵と、第10騎士団の皆様がいればなんの心配もないでしょう。リヴォーテ、外の安全は任せましたよ」
「え、あ、はい」
もうすっかりサリーシャ様のペースのまま、リュゼルは強引に馬車の中へと押し込まれ、一団は再びルデクトラドに向かって進み始めるのだった。