【やり直し軍師SS-437】秘密の生徒(2)
王立トラド学院に不穏な噂が出回り始めたのは、入学式を終えて数日後の事だ。
その日の授業を終えたゼクシアは、「たまには第10騎士団の訓練に顔を出して、ひと勝負しないか?」と、隣にいたレゼットに声をかけた。
「良いですね。では、本日の得物は?」
「うーん。槍……だとまだお前に勝てん。木剣にするか」
「かしこまりました。では、戻ったら手配しておきましょう」
そんな約束を交わしながら歩いていると、ゼクシアを見つけたコナーが駆け寄ってくる。
「ゼクシア、ちょうどいいところで会った、なあ、聞いたか?」
「何をだ?」
「噂だよ、噂」
もったいぶるコナー。ゼクシアが早く話せと促すと、わざわざ手を口に当て、内密の話のような仕草をする。
ただ、レゼットとラゼットにも聞かせるつもりはあるようで、声量は変わらないので仕草には意味はない。
「また、優秀な入学者が消えたんだってよ。去年に続いて」
「何?」
「あれ? 聞いた事ねえか? ほら去年あっただろ。そんな噂が、確か、寮の一番奥の部屋をあてがわれた、優秀な新入生が消えたって」
「もちろんその話は知っているが、あれはただの作り話だったろう? そもそも、寮の一番奥の部屋は物置だ」
「ああ、だけど2年連続となりゃあ、いよいよ怪しい話になってくる」
「……その話はどこから?」
「セルジュからだ」
「セルジュ? ああ、つまり寮内で噂になっているということか」
「そうみたいだな」
「レゼット、ラゼット、何か聞いているか?」
ゼクシアに振られた2人は、揃って首を振る。
「申し訳ございません。何も」
「私も、同じく」
そんな2人に対して、やや自慢げに胸を張ったのはコナーだ。
「そりゃそうだろ。セルジュだってついさっき、初めて聞いたらしい。多分、まだ学園内じゃ出回ってないと思うぞ。俺はたまたまセルジュに本を借りにいって教えてもらった」
「そうか」
「で、だ。お前を探していたのは、この話に続きがあるからだ」
「続き?」
「ああ。生徒は王宮の暗部が攫ったんじゃないか、そんな話になっている」
荒唐無稽な話に、ゼクシアはやや呆れる。
「暗部がいち学生を? 馬鹿馬鹿しい」
「それが、入ってきた生徒は他国の密偵だって噂だ。だから優秀な成績で入学できたけど、密偵だってバレたって」
「……あのなぁコナー。王宮内への密偵ならともかく、育成機関に潜入して得られる情報ってなんなんだ?」
「俺は知らないよ。例えばほら、学園で信用を得て上層部に入り込むとか、俺みたいな見どころのある学生を、自国にスカウトするとかさ」
「コナーをスカウトする程度の密偵なら、すぐに正体が露見するだろうから心配ないな」
「言ってくれるな。町の俊英と呼ばれた俺に対して」
おどけて見せるコナーを無視し、ゼクシアは考える。噂自体はただの作り話だ。だが、王宮が絡んでいると噂されるのはあまり好ましいことではない。
噂の出どころである人間は軽い気持ちで口にしたのかもしれないが、伝わる相手次第では冗談では済まされなくなる。
―――例えば、情報部のあの人とか―――
あの人、普段は穏やかで優しいけれど、割と容赦がないからな。
想像しただけで身震いする。
とにかく、王族としては耳にしてしまった以上、放置するわけにはいくまい。もしも噂の元が有力貴族の子女なら面倒だ。
「コナー、その噂をもう少し調べてくれるか? 一番最初に言い出した者などが分かればなお良い」
「おうよ。セルジュとオーリンにも協力してもらうか?」
「そうだな。そうしてくれ。手伝ってくれればトランザの宿で、昼食を私が奢ろう」
「まじか! なら本気でやらねえとな! じゃあ早速2人に伝えてくる! まとめんのは明日の夕方でいいか?」
「ああ。それで構わん。頼むぞ」
走り去ってゆくコナーを見送ると、
「レゼット、ラゼット……予定変更だ」
「はい」
「ええ」
2人は、ゼクシアを王宮まで送り届けるとすぐに、その姿を消したのであった。