【やり直し軍師SS-436】秘密の生徒(1)
ルデク王国最高学府、王立トラド学院では、新入生の入学説明会が行われていた。
講堂に集められた新入生は、身分も、年齢の幅も多彩な顔ぶれが並んでいる。
それらを見渡しながら、私は壇上から歓迎の挨拶を始めた。
「まずは、王立トラド学院への入学を歓迎する。貴殿らの隣には、様々な身分の、様々な年齢の学友がいると思うが、本学院への入学が許されたという事は、皆、優秀な人材である事実に相違はない」
トラド学院の入学には試験がある。各地の学舎で秀でた才能を見せたもの、或いは、専属の家庭教師を雇い、学院に通うだけの学力を得たものに門戸が開かれる。
身分、老若男女は問わない。が、やはり幼少期から教育に触れることが出来る、貴族の割合が高くはあった。並んでいる者たちも身なりの良い若者が目立つ。
私は続けた。
「貴殿らの中には、名家の出の者もいよう。だが、それらを振りかざすような、無様なまねはするべきではない。貴殿らの隣にいるのは、大軍師ロアのような才能を有した人物かもしれん。或いは、貴殿らよりももっと身分の高い者であるやも。いずれにせよ、この学院で家柄や権力を振りかざすほど、愚かな行為はないと心得てほしい」
プライドの高い貴族からすれば、怒りを露わにしてもおかしくないような発言である。だが、新入生は全員、神妙な顔でその言葉を受け取っている。
なぜなら、どのような発言も許されるだけの理由が、私にはあった。
「それはまた、この私も同様である。このゼクシア=トラドもまた、学院内においてはただの学徒であるという事だ」
現王、ゼランド=トラドの長男、ルデク第一王子のゼクシア。この国における最も高貴な血筋が『身分を振りかざすな』と言ったのだ。文句など出ようはずもない。
「……では、簡単ではあるが、本学院のありようについて説明する。すでに存じている者もいるかもしれんが、復習として聞いてほしい」
王立トラド学院は初年度の一回生から始まり、最大で五回生まで進級ができる。ただしその進級方法はやや特殊で、一回生から二回生に進級するためには難易度の高い進級試験がある。
おおよそ、半数以上の人数が、この一回生までで学院を卒業してゆく。
ただ、それら全ての者が、試験に落ちて失意のうちに去るのではない。大抵の場合は、一回生までの勉学で事足りて卒業を迎えるのだ。
例えば商人を目指すのであれば、一回生卒業の肩書だけで大手商会から引く手数多であり、独立したいと思えば、金を出すパトロンにも困りはしない。
在学中に声をかけられて、退学する人間もたまにいる。
一回生の間であれば、自身で必要な学業を修めたと感じたら、その時点で自主的に学園を去っても構わない。
これは元々、『もっと学びたい民への門戸を開く』という学院創立時の理念に則っており、より、気軽に学びを得てもらうためだ。
ただし、一度学院を去った者が、再入学を希望する場合は条件がつく。
再度試験を受ける資格を得るには、最低でも5年は待たねばならない。受験希望は殺到している点、他の生徒への影響を考慮して決められており、貴族であっても例外は認められない。
あとは、理由なき長期欠席も退学の対象となる。理由は様々ではあるが、こちらも毎年一定数いる。なお、正式な手続きを踏み、理由を申請して受理されれば最大2年間は休学出来る。
進学面においては、二回生以上に上がるのは概ね、王宮勤務を求める者達か、地方官僚希望が多い。あとは一部の特殊な研究に従事したい者達だ。
二回生と三回生は余程の事がなければ、自動的に昇級する。そして三回生までで、大抵の場合は卒業となる。
四回生、五回生は特例的な存在となる。ドリュー機関のような特殊な研究施設の人材候補のため、実質は三回生が最上級生であった。
「……本日の説明は以上だ。これより、寮に入る予定の者は残ってくれ、寮長が貴殿らを連れてゆく。また、学院長の挨拶は、改めて、5日後の入学式の際に行われる」
本日はあくまで説明会である。主題は、貴族に釘を刺しておく事。これをやっておかないと、例年、入学式当日に勘違いする者が現れる。
そして入学式にはこの国の本物の権力者が集まるのだ。本人が注意される程度で済めば良いが、最悪、家そのものが吹き飛ぶ。そのため、こうして説明会と称して事前に牽制を行っているのである。
「ではまた5日後、貴殿らに再会できるのを楽しみにしている。以上、散会!」
ゾロゾロと講堂を出てゆく新入生を見送り、ゼクシアは小さくため息をつきながら壇上から降りた。
「ゼクシア様、お疲れ様でした」
「お飲み物をご用意しますか?」
レゼットとラゼットが気を遣ってくれるが、それを手で制する。
「いや、構わん。しかしやはり、三回生の方が良かったのではないか?」
ゼクシアは二回生になったばかりだ。説明会は本来であれば最上級生である三回生が担う役割である。それを今年は例外的にゼクシアに任されていたのだ。それこそ、権力を振りかざしていると思われても仕方がなかった。
「ですが、学院長のご指名ですので」
「それに、これ以上ない説得力ではあるかと」
冷静な2人の言葉に、ゼクシアも閉口するしか無い。確かに王族が注意すれば、今年は調子に乗る貴族はいないだろう。それに、新入生に対して、ゼクシア自身も『貴賎はない』と宣言する事になり都合は良い。
尤も、そうは言ってもゼクシアと対等に付き合おうという者は流石に少ない。ゼクシアが気にするしないに関わらず、王族とはそういう存在なのだと割り切るしかなかった。
「ゼクシア、お疲れー」
ゼクシアの身分をあまり気にしない数少ない存在が、向こうから声をかけてきた。
「コナー、お前聞いてたのか?」
「まあな。王子殿下のありがたいお言葉だ、聞いておかない手はない」
「茶化すな」
「はは、悪い悪い。だがなかなか堂に入ったものだったぞ」
「そうか? 昔から、演説だけはちゃんとせよと、父上がうるさかったからな」
「それはそれは……で、このあとは? セルジュとオーリンと昼飯を食うんだ。セルジュが美味い店を見つけたらしい、お前も一緒に来るか?」
「ああ、いいな。では行こう」
コナーの誘いに乗って、セルジュとオーリンとも合流し、学院を出る。
門を出てすぐに、見知った顔が目の前を通った。
「あ、ロ……」
名前を呼びかけたゼクシアに、氷のような冷たい視線を向けた娘は、ゼクシアを完全に無視して、友人と共にそのまま立ち去っていった。