【やり直し軍師SS-435】双子と双子(下)
村に捨てられていた双子は、3日前の夜、マリーさんの家からこっそり抜け出して、そのまま行方が分からなくなっていた。
「今、男手は森に探しに行っているのだけど……」
マリーさんの声音から、まだ手がかりさえ掴めていないことが伝わってくる。私たちは子供の頃から慣れ親しんだ森だけど、素人が簡単に踏み入って良い場所ではない。
私が子供の頃から森に気軽に出入りしていたのは、ひとえにユーとメイっちが一緒だったからだ。2人の圧倒的な身体能力と、独特の察知能力で危険な場所には近づかないようにしていた。
まあ、幼い頃から、多少の猛獣なら力ずくでなんとかしていた2人なので、そもそも危険な場所というのがあまりなかったとも言えるのだけど。
ユーとメイっちの話はいい。森に逃げてしまった2人は、まだ4〜5歳。3日間見つからないというのはなかなか絶望的だ。そんな中、ふと、私は別の可能性に気付く。
「ねえマリーさん。その子達、道伝いに町の方に行ったんじゃないの?」
いくら山間の寂れた集落とはいえ、麓に降りる道くらいはある。普通に考えれば道なりに進んだほうが安全だ。けれどマリーさんから出たのは否定の言葉。
「あの子達が逃げ出した夜、小雨が降っていたのよ。それでね、森の入り口に二人分の小さな足跡が残っていて……」
なるほど、では森に入ったのは間違いないのか。さらに追加の情報として、その子達が麓の町に来た形跡がないことも調べたという。
私が「多分、もう……」という言葉を飲み込んだ時、ここまで私たちの話を黙って聞いていたユーとメイっちが口を開いた。
「で、その2人はなんて名前だ?」
「背格好は?」
2人に問われたマリーさんは、先に背格好や見た目を伝えてから、言葉に詰まった。
「実は、2人は名前を言わなかったのよ。何度か聞こうとしたのだけど……、無理して問い詰めるのもなんだか、ね。時間が解決してくれると思って……」
なんだか申し訳なさそうなマリーさんだったけれど、その選択が間違っているとは思えない。私だってそうしたと思う。
「分かった。じゃあちょっと行ってくる」
「モリス、飯作って待ってろ」
「ちょっと行って来るって、心当たりでもあるの?」
「ない」
「ないな」
「ないの?」
呆れる私に、2人は続ける。
「だがここは私たちの森だ」
「私たちに見つけられないものなどない」
自信満々に言い放った言葉は、決して大袈裟ではない。少なくとも彼女達がいた頃の森の支配者は、この2人だった。
「じゃあ、夕暮れまでには帰ってくる」
「肉が食いたい。猪肉がいい」
「はいはい。行ってらっしゃい。気をつけてね」
ユーとメイっちのお母さんが、全て心得たとばかり胸をたたく。
そんなお母さんへほんの少しだけ目を細めた2人は、あっという間に森へと消えていった。
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ぼくらは、山の窪地にしゃがみ込んで休憩をとっていた。
家を出て来る時にこっそり持ち出した干し肉も、もうカケラほどしかない。
早く、食べるものをなんとかしないといけない。
「ねえ、やっぱり戻って……」
「戻ってどうするんだ? どうせまた、僕らを捨てたやつと同じように、蹴ったり叩かれたりするだけだぞ」
ぼくの言葉に震える腕をさする。その服の下には、父親から受けた暴力のあざがまだ残っているのをぼくは知っている。
大人は信用できない。ぼくらは2人でなんとか生きてゆくしかないのだ。
ぼくは精一杯笑顔を作って、「大丈夫さ」と強がって見せる。
今朝からお腹はぐうぐう鳴っているし、足の裏は痛いし、ちゃんと眠れていないから少し頭はぼんやりしている。でも、大丈夫だ。
自分の心の中で大丈夫、大丈夫と言い聞かせていると、だんだん瞼が重くなってきた。
少し、眠ろう。それから、考えよう。
ぼくが目を閉じようとしたその時、
「おい、今寝たら死ぬぞ」
「夜には狼の餌だ」
突然頭の上から響く声。
「誰?」
ぼくらの目の前にふわりと現れたのは、同じ顔の女の人。直感で分かった。ぼくらと同じ双子だ。
「名前は?」
「名乗れ」
ぼくの質問に答えずに、逆に質問してくる2人。でも、ぼくらは答えるつもりがない。あのいやな名前は捨てたのだ。
ぼくらが黙っていると、女の人は少し考えてから、顔を合わせて頷いた。
「じゃあ、お前、お前はレゼットな」
「娘の方はラゼット。いい名前だろう?」
満足げに勝手な名前をつけた2人は、あっという間にぼくたちを抱え上げると、そのまま空を飛ぶように、森を駆けるのだった。
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「ユイメイがいないと静かだね!」
僕の執務室に遊びにきていたルファの言葉。
「たまには良いでしょう」
ウィックハルトがそのように返しながらも、盤上遊戯のコマを動かす。
最近、ルファとウィックハルトの間で盤上遊戯で遊ぶのが流行っているらしい。どういう経緯かわからないけれど、見たところ実力も近しいのでちょうど良い対戦相手だと思う。
双子は先日、
『ちょっと故郷に行ってくる』
『休みと金くれ』
と行って、同郷の文官を攫って出かけていた。何の用かは知らないけれど、まあ、急ぎの案件もないので好きにさせた。
「むむむ……ウィックハルト、その手」
「ちょっと待って、はナシです」
「えー! ウィックハルトのけち!」
「妃がそんな言葉遣いをするものではありません」
2人の微笑ましいやり取りをぼんやりと眺めていたら、部屋の扉がばあんと開いた。
「私たちが!」
「戻ったぞ!」
「おかえり。早かったね。用事は済んだの?」
「ああ」
「ロア、ちょっと家くれ」
「家って? 住むための家? 急にどうしたのさ?」
今まではこちらが勧めても宿舎で十分と言っていたのに、どういう風の吹き回しなのか。
「こいつらを住まわせる」
「ついでに私達も住む」
言いながら部屋に引き込んできたのは、まだ幼い子供達。
「こっちがレゼットで、こっちがラゼットな」
「で、私たちが親だ」
それで全てを説明し終えた表情の2人。さすがの僕も、時間をかけて双子を問い詰める事になったのである。




