【やり直し軍師SS-429】私の恋人①
「セ、セシリアお嬢様、私、これで大丈夫でしょうか? おかしいところはないですか?」
トゥリアナが私にこの質問をするのは、本日すでに7回目である。私から見てもまあ、問題のない格好だと思うけれど、トゥリアナからすれば安心ができないようだ。
「もう、大丈夫よ。そもそも、マゼット様もよほどおかしな格好でなければ、服装は気にされないと思うわ」
「そ、そうですかね……」
「むしろ少し落ち着きなさい。あんまりオドオドしていると、そちらの方が悪印象よ」
「は、はい!」
慌てて背筋を伸ばすトゥリアナ。トゥリアナの心境は理解できなくはない。
「それとトゥリアナ。そろそろお嬢様はやめてちょうだい。これからは同じ貴族の娘。対等な立場になるのだから」
そう、本日はトゥリアナが貴族の養女になるための面談なのである。
引受人は中央貴族であるルーベス家。歴史ある名門で、なんならホグベック家より断然格上なので、むしろ今後は私がトゥリアナに様をつけた方が良いくらいだ。
「そうは申されましても……」
確かにすぐには難しいだろう。けれど、このまま順調にことが運べば、トゥリアナはいずれ、第10騎士団副団長であるフレイン様の妻になる。
今後の貴族間の付き合いを考えれば、あまりに謙っていると舐めてかかる貴族も出てくるだろう。それではフレイン様の足を引っ張りかねず、良い話ではない。
ただまあ、フレイン様であればそのくらいは気に留めないだろうけれど。
それにフレイン様の身内に恥をかかせるような真似をすれば、フレイン様はもちろん、その背後にいる英雄宰相様すら敵に回しかねないのだ。
そう考えると、仮に今のままトゥリアナが社交界に出ても、周囲の人間にとっては恐怖の対象でしかないかもしれない。
それにしても、ここまであっという間だった。
フレイン様がトゥリアナを見初めてから僅か半年ほどで、名門ルーベス家の養女の話が持ち上がるとは。
これほどまでの早さで物事が動いたのは、フレイン様の心が定まっているのもあるけれど、背後で王妃様が動いたのも大きい。
もう少し言えば、その王妃様を動かしたルファ様の役割は無視できなかった。
私が最初に、フレイン様とトゥリアナの初対面での一件を話したのはルファ様だ。するとすぐに、彼女は動いた。
王妃様へ根回しを行い、トゥリアナの人なりを見定めた上で、お茶会の場を整える。
そうしてお茶会の当日、王妃様はトゥリアナを無事にお気に召される。あとはフレイン様のお気持ち次第で協力する、という約束を密かに取り付けたのである。
ルファ様の動きは、呆れるほど鮮やかなものだった。あの若さで末恐ろしいものだと思う。
同時に、英雄宰相、ロア様の手腕をすぐ近くで見てきた人物であると思えば、ひどく納得できる気もする。
養子候補の貴族に関しても、ルファ様が選定に加わったらしい。
そうして選ばれたルーベス家。現在の当主であるマゼット様は、女だてらに豪快な性格のお人だ。細かいことは気にしない。
社交界よりも遠乗りが好きという。マゼット様の性格も考慮した家選びだ。トゥリアナの負担が少ないように配慮されている。
ルーベス家としても、飛ぶ鳥落とす勢いのフレイン様と縁続きになるのは大歓迎である。面談まで極めてスムーズに話が進んだ。
今回の面談でマゼット様が養女に迎えてくださると決まれば、トゥリアナは王都に居を構え、フレイン様との時間を重ねつつ、貴族としての立ち振る舞いを学んでゆく事になる。
あとは頃合いを見て、フレイン様より正式な意思表示があるはず。
まだ求婚の言葉は伝えられていないようだけど、彼の方の性格からすれば、トゥリアナを蔑ろにすることはないだろうから、本当に時間の問題だ。
そうはいっても各方面の調整なども考えれば、婚約から早くて1〜2年はかかるかもしれない。貴族の体面を維持しつつ、庶民と貴族が一緒になるのは、これほど面倒なものなのである。
とはいえ、もしかしたら私はトゥリアナに先を越されてしまうかもしれないなぁ。
――――羨ましいな――――
緊張でガチガチのトゥリアナの横顔を見ながら、私の心にチクリとトゲが刺さる。
もちろん私にも、良い人がいる。しかもフレイン様と同じ第10騎士団で、将来有望なお方だ。
もうお付き合いを始めて、それなりに時間を重ねている。
けれど、婚約はしてない。
別に、私に何か不満があるとか、相手に問題があるとかではない。
私の恋人、シャリス=イグラドは今、北ルデクにいた。
いわゆる遠距離恋愛、というやつだった。