【やり直し軍師SS-43】第三皇子は翻弄される①
グリードル帝国初代皇帝、ドラク=デラッサには3人の妻がいる。
第一后はサリーシャ様。第二后は私、ロカビルの実母、ピスカ。そして第三后はレツウィー様。ピスカは第一皇子ビッデカルドの実母でもある。そしてフィレマスとツェツェドラの母はレツウィー様だ。
サリーシャ様は子に恵まれなかったが、現在でも皇帝の良き助言者であり、友人のような存在である。元々父上が小さな地方領主であった頃の隣の領地の娘で、付き合いは非常に長い。
よく言えば天真爛漫で分け隔てのないサリーシャ様には、私も子供の頃から可愛がってもらってきた。三人の后が敵対せず、穏やかに過ごしているのはこのお方の存在が大きい。
例えばフィレマスの反乱。一族にとって非常に大きな事件であり、ともすればレツウィー様や関係者が罰せられる可能性は充分にあった。
そんな不穏な空気を打開したのが、サリーシャ様だ。
「確かにフィレマスのやったことは許される事じゃないわ! けどね、フィレマスの反乱を看破して未然に防ごうとしているのは、同じレツウィーの子、ツェツェドラじゃない! レツウィー達を罰するのはお門違いよ。ドラク、あなたが息子を追い詰めすぎたからこんなことになったのでしょう。違うかしら?」
皇帝ドラクに対してこのような物言いで意見ができるのは、大陸広しといえど、この方しかいないだろう。
サリーシャ様は口を出すだけではなく、しっかりとやることもやっている。拡大路線を敷いていた帝国ゆえに、前線に身を置き、不在がちであった皇帝の代わりに、内政の中心となって帝国の台所事情をやりくりしていたのはこの方だ。
故にこそ皇帝も、そして重臣達もサリーシャ様には頭の上がらないところがある。
彼女がいなければ、フィレマスの一件は帝国に大きな影を落としたであろうし、内部に遺恨を残した可能性も否定できない。
私がこんなことをぼんやり考えているのは、今目の前で、父上がサリーシャ様に説教されているからだ。
理由は私に仕事を押し付けたことが、サリーシャ様にばれたから。
多少の仕事の押し付けはともかく、最近の父上はルデクの西の端の巨大な新都市計画に夢中であった。その皺寄せが私に回ってきていたことを、サリーシャ様が聞きつけた。
「良いですか、グリードルに関することで貴方が好きに動き回る分には、私もできる限り協力いたしましょう。ですが、ルデクの都市計画に関しては、我が国のことではありません。貴方とロア殿の個人的なお約束でしょう? ならば、自国の政務をほっぽって優先すべきではありません。ちゃんとやることをやってから。そうではありませんか?」
全く正論なので父上もぐうの音が出ない。下を向いてなんかモゴモゴ言っている父上。ここはプライベートスペースとはいえ、流石に少し珍しい光景だ。
「まあまあ、サリーシャ様。御義父様も少しの息抜きとしてやってらっしゃる事。それに、ロカビル義兄様のことを信頼してお仕事を回しておられるのでしょうから……」
グリードルにおける2大権力者の間にしれっと割って入って、取り成そうとしているのは義妹ルルリアだ。
彼女は帝国の巨大港、ドラーゲンの運営を任されており、本日はその定期報告にやってきていた。
ルルリアとサリーシャ様は非常に仲が良いため、ルルリアが帝都に立ち寄った際は必ずサリーシャ様との時間を確保している。
ちょうど父上とサリーシャ様の性格を2で割ったような性格の娘だ。3人で並ぶとまるで本当の親子のようである。
それはともかく、サリーシャ様が父上のお説教中にたまたまやってきたルルリアは、こうして仲裁に入っているというわけである。
「そ、そうだぞ。俺はロカビルの才能を信用して仕事を任せておるのだ!」
良い言い訳ができたとばかり義娘の言葉に乗る父上。それを睨むサリーシャ様。
「……分かりました。では、もう充分に息抜きなされたでしょう。代わりにロカビルにも休息を与えたいと思います。良いですね?」
ホッとしながら「お、おう。もちろんだ」という父上。言質を取ったとばかりニヤリとするサリーシャ様。
「では、しばらくロカビルのお仕事は貴方に請け負っていただきます」
「なっ? いや、それは困る。俺は10日後からルデク遺跡都市の打ち合わせに……」
途中まで言ったところで、再びサリーシャ様に睨まれて静かになる父上。
「ダメです。今回はちゃんと自国に目を向けていただきます」
「しかしなぁ、ロアとも約束したし……」
「ならば分かりました。貴方の代わりに私がルデクへ向かいましょう。ロカビル、貴方も一緒に来なさい。帝都にいてはまたドラクが仕事を押し付けるかもしれません。ルデクへの休暇旅行も良いでしょう」
突然話をふられて、私は慌てて顔を振った。
「い、いえ。私はあまり旅行を嗜みませんし、それにルデクからすれば私はあまり良い印象はないかと……」
リフレアの情報に踊らされたとはいえ、ルデクとの開戦を進言したのは他でもない、ロカビル自身だ。当然ルデク側には、今でも快く思わないものがいるだろう。
「でも、ロア殿とは親しげではありませんか?」
「まあ、一応話をする仲ではありますが……」
ルデクのロア=シュタインには、どこか同じ匂いを感じる。……苦労人の匂いを。
「あのう。それなら良い方法がありますよ?」
再び会話に入ってきたのはルルリア。
「何かしら?」
自分を指差しながら、にっこりと笑ったルルリアは、
「私はロアやその周辺の方々と親しくしております。私が一緒でしたら、何不自由なくルデクをお楽しみいただけるかと」
「あ、ルルリア、お前、ずるいぞ!」
そんな父上の抗議虚しく、そして私の意思は関係なく、私はルデクへ休暇旅行に出立することになったのである。