【やり直し軍師SS-418】リヴォーテの日記16
「リヴォーテ殿!」
ルデクの王都、ルデクトラドへ続々とやってくる帝国の貴族達。
それらの対応をしていると、俺の名を呼びながらこちらへ走り寄ってくる若者が目に入った。
「カルーか。少し久しぶりだな。南の大陸からいつ帰って来たのだ?」
「半年ほど前です」
「そうか。まあ元気そうで何よりだ」
「ありがとうございます。両親からリヴォーテ殿に迷惑をかけぬようにとの、厳命を受けてやって参りました」
そのようにおどけて見せるカルーだが、実際にカルーが俺に迷惑をかける心配などほぼないだろう。
グリードルの若手将官の中でも有望株の一人だ。母ゆずりの交渉能力を活かし、外交官として確固とした地位を確立しつつある。
「リヴォーテ殿は、父達には?」
「ネッツ殿は帝都に帰るごとに顔を合わせている。オリヴィア様とはしばらく会っていないな。お元気であられるか?」
「元気すぎて困るくらいですよ。たまに帰れば小言ばかりです」
「だが、オリヴィア様のことだ。その小言の規模が大きいのだろう?」
リヴォーテの指摘に、カルーはただただ苦笑。
「その通りです。外遊のたびに、応対や根回しを採点されてますよ。ああ、そういえば『ルデクに長期滞在しながら、地盤を固めているリヴォーテを見習うが良い』なんて言われましたよ」
「む。別に俺は地盤を固めた覚えはないが、オリヴィア様が褒めるのは珍しいからな。ありがたく受け取っておこう」
「またまた。ご謙遜を。ああ、そうだ。私の家の事はともかく、お声をかけたのは紹介したい方がいたのです」
言いながら後ろに立っていた女性を促すカルー。
「リヴォーテ様、お久しぶりでございます。覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「……もしかして、オルネット=テリグラ殿か」
リヴォーテの指摘に、オルネットは嬉しそうに頷く。
「はい。覚えていただけて光栄です」
「随分と前に一度挨拶しただけであったが、これはまた、美しくなられたものだ」
「そのような、お世辞を」
確かオルネットに会ったのはもう15年ほど前か。まだ小さな娘の頃だ、それでもどことなく面影が残っている。
リヴォーテの反応を見て、つまらなそうにしたのはカルー。
「なんだ。すぐに気づかれてしまったのですか」
「む? なんだ、カルー。俺を試そうとしたのか? 良い度胸だな」
「いえいえとんでもない! ただ、流石のリヴォーテ殿であっても、オルネットには気づかないのではないかと思って、こうして仲介に入ろうとしたのですが……」
「確かに滅多に会う機会はないが、テリグラ家は……」
そこで俺は一度言葉を止めた。テリグラ家は長い間、監視対象の貴族であったため、一族の顔は俺の記憶にも残っていたのだ。
テリグラ家、かつて、メルドーの家名を名乗っていた一族。
すなわち、オリヴィア様の因縁の相手、ライリーン=メルドーに類する者達だ。
ふと、カルーに視線を移す。カルーは俺の意図を理解しているのかどうか、穏やかな笑顔を絶やさない。全く、読めぬ男である。
「……カルーはオルネット殿と知り合いだったのか?」
俺が話題を変えると、よくぞ聞いてくれたとばかりに手を叩くカルー。
「実はですね。旅一座の保護について、私が検討会を立ち上げたのですよ」
「検討会?」
「はい。文化の担い手である旅一座の保護において、我が国はルデクに大きく水を開けられている状態です」
「そうか?」
ルデクにというか、ロアとの交流だけが大きな気がするが。
「そうですとも! 私としては、北の大陸の雄として、これよりは我がグリードルも、文化面での高みを目指さめばならないと思っています」
「そのための検討会か」
「はい。旅一座を保護することで、よりグリードルに集まっていただきたいのです」
言いたいことはわかる。が、まだ若いな。本人は無意識だろうが、言葉の端々にわずかな傲慢さがある。そもそも、上からの目線でなければ“保護”などという言葉は使わないだろう。
まあ、考え自体は悪いことではない。だが、これはオリヴィア様にやや注意してもらった方が良いか? いや、良い機会だから、ロアに引き合わせた方が話が早いかもしれん。
カルーは頭が回る男だ。実際にロアと旅一座が、どのような付き合いをしているかを目の当たりにすれば、己の傲慢にも気付くだろう。
「リヴォーテ殿? どうされましたか?」
つい余計なことを考えていた俺に、カルーが不思議そうな顔をみせる。
「いや、なんでもない。確かにオルネット殿も芸事への造詣が深いと聞いている。その関係というわけか」
「造詣が深いなんて、そんな。私などただ、演劇を見るのが好きなだけですので……」
「まあ、いずれにせよ、そういう事ならば今回の催しはうってつけだろう。様々な一座の芸を楽しむといい。警護はルデク駐在の我が部下が行うゆえ、多少の不便はご理解いただきたい」
「もちろんです! それにしてもまさか、これほど大きな規模の催しであるとは思ってもおりませんでした。ルデクの宰相様のお力は凄まじいのですね」
「まあ、あれはすぐに話を大きくする。困ったものだ」
俺としてはただの愚痴だったのだが、ロアをあれ呼ばわりしたのが刺さったのか、2人は妙に感心した視線を俺に向けるのだった。