【やり直し軍師SS-41】語り手、大陸を巡る⑤
「名が知れた悪党を紹介しろ?」
ロアが平然と言い放った言葉に、待ち構えていた旅一座の頭領たちは顔を顰めた。
「はい。賊の中でも、なるべく会話が通じる人物が良いんですけど、何人か適当な悪党はいませんか?」
「悪党に言葉など通じんぞ」
グーベックの言葉に、ロアは苦笑する。
「ですが、旅一座を受け入たり、利用できる程度の人物はいますよね。旅一座にとって、一部の賊は一般の民と同じ、 “顧客”ですから」
「……本当に、嫌になるほど旅一座にお詳しいですな……」
少し嫌味がかった言い方をしたグーベックに対して、ロアは「どうも」とだけ返すと、すぐに表情を改めた。
「……真面目な話です。あまり時間がないので……」
「なぜ、悪党を?」
「すでに凶作の件は説明を受けていますよね? だから、あなた方も食い詰めた賊に襲われる心配をした。そこまでは良いですか?」
「ああ……そうか、つまり悪党どもが食糧を求めて町村を襲うことを心配しているのか」
「グーベックさんの言う通りです」
「しかし、どうするんだ? 悪党どもにも食糧を与えて、大人しくしておけとでも説得するのか?」
そんな言葉にロアは再び苦笑。
「我々もそこまで物好きではないです。だから彼らにも”仕事”を与えます。その対価として食糧を提供する。期間は1年間。その後どこぞへ行っても良いし、そのまま真っ当に生きるつもりがあれば、引き続き我々が雇用するつもりです」
「仕事とは?」
「縄張りの管理ですよ。他国から食い詰めた賊が入ってこないように監視してもらいます。もちろん騎士団も警戒に当たりますが、蛇の道は蛇。騎士団の目の届かぬ部分を請け負ってもらいたい」
横でやり取りを聞いていたゾディアは無茶苦茶だと思った。だが同時に凶作という状況下であれば或いは面白いかもしれないとも。
「蛇と蛇を喰い合いさせるのか」
「そんなところです。多分、各地に顔役となる悪党がいるでしょう? できればそれら全てに話を通しておきたいところですね」
「ちなみに、期限後の仕事というのは?」
「少し規模の大きな工事計画を考えているので、人手がいるんです。それとゲードランドにも送り込みます。こちらは今、海軍が慢性的に人手不足ですからね。やる気があれば大歓迎ですよ」
「あの、俺からも聞いて良いですか?」グーベックとは別の頭領がおずおずと手を挙げた。もちろんと返すロア。
「交渉はどのように?」
「ああ、旅一座の皆さんは声をかけてもらうだけで良いです。あとは所定の場所にこちらから人を送ります。多分、最初は警戒されるでしょうから。協力を取り付けたら、食糧引き渡しは同じように砦に取りに来てもらうしかないですけどね」
「……そのようなこと、上手くいくのでしょうか?」
頭領の一人が不安そうに口にする。そんな言葉にロアは穏やかに微笑みながら、優しく語りかける。
「失敗したらそれはそれで仕方がないです。向こうも飢え死になんて終わり方は嫌でしょうから、聞く耳を持ってくれると良いのですが、そうですね、半分くらいがまともな話し合いになれば御の字でしょう」
そこまで聞いたところで、ゾディアは気付いてしまう。ロアのもう一つの狙いに。
しかしゾディアが密かに驚いている間にも、話は着々と進んでゆく。
頭領たちは前向きにロアの説明に耳を傾けていた。ロアの言うとおり、旅一座にとっては悪党も大切な顧客である。
先々を考えれば、ここで恩を売っておくのは悪い話ではない。万が一相手が聞く耳を持たなかったとしても、旅一座としては義理を果たした形になるのだから。
細かな質疑応答があり、最終的にそれぞれの頭領が納得したところで、ロアの提案を受け入れることに決まった。
「それじゃあ、声をかける悪党に関しては、先にお知らせください。こちらも説明のために人手を派遣する準備があるので」
ロアのそんな言葉に見送られ、頭領たちは次々に部屋を出てゆく。残ったのはゾディアと、ベルーマン、そして「別件でゾディアに聞きたいことがある」と退出しなかったグーベック。
空気が緩んだ中、ラピリアがロアへと声をかけた。
「ロア、そろそろ……」
「あ、もうそんな時間? じゃあベルーマンさんにグーベックさん、またいずれ。ゾディア、悪いけれど、今後やってくる旅一座の人たちにも同じ説明を頼むよ。不明点は僕の方に投げてくれれば良いから」
「わかりました」
それだけ言い残すと慌ただしく出立するロア一行。残された3人を少しの静寂が包んだ。
最初に言葉を口にしたのはグーベックだ。
「あれが……あれが、ロア=シュタインか……」
絞り出すような言葉。
ゾディアが沈黙を貫くと、再びグーベックが口を開いた。
「……当然ゾディアも気付いたのだろうな? 俺たちが利用されることに」
その口ぶりからすれば、グーベックもやはり気づいたか。
「……なんのことだい?」
一人困惑するベルーマン。
「悪党の件、ベルーマンはどう思ったかしら?」
「どうって? 凄いこと考えるものだなぁっ、て」
その言葉にグーベックが大きく頭を振った。
「凄いこと、そんな悠長なもんじゃねえぞ。あの男、今回の件で悪党どもに首輪をつけようとしている。違うか、ゾディア?」
「私もそう思ったわ」
旅一座がそれぞれに主だった賊に声をかける。それも”事前に悪党の名前を知らせ、さらに待ち合わせ場所の準備をして”。これがどういう意味を成すか。
ーー悪党どもが話に乗ろうが乗るまいが、ロアは主だった悪党とその縄張りを把握することができるーー
悪党が話に乗ればそれはそれで良い。おそらく説明した通りの役割を担わせるのだろう。そして呼びかけに応じなかった者達は、間違いなく強固な監視下に置かれることになる。
協力に応じた悪党の手前、断った者達も当面は泳がせるだろうが、そのような状況下では町村を襲うことなどできないだろう。待っているのは餓死か、不穏な動きを見せたところで名分を得た騎士団による殲滅か。
多分、最初は協力した側の悪党はせせら笑う。貧乏籤を引いたと。
そして似たようなことがいくつか起こって、初めて気づく。もはやロアに絡め取られていることに。では、旅一座が声をかけない方が良いのか? おそらくはそれも難しい。協力しない旅一座は切り捨てられる可能性もあった。
「容赦ない、恐ろしい相手だ……」
グーベックの言葉にしかし、ゾディアは離れた場所からそっと、グーベックの口を塞ぐような仕草を見せる。
「確かに容赦無く感じるかもしれない。けれどそれは、受け取る側が悪意を持って利用した場合に限るわ。ロア様の約束をちゃんと履行すれば、結果的に旅一座であっても、悪党であっても、この一年を生き残ることができる」
「……それも、そうだな」
大きく息を吐いたグーベックは、それでも言わずにはいられないとばかり、もう一度呟く。
「あれが、ロア=シュタインか」と。