【やり直し軍師SS-40】語り手、大陸を巡る④
「それで、具体的にはどのようにするのだ?」
再びグーベックが問答の中心に座り、ゾディアを正面から見た。
集まったいずれの一座の頭領もロアの提案を受け入れることを決めたため、具体的な話に移行する。ゾディアが何を話すのか、みな、真剣だ。
「まず、食糧の受け渡しはここ、リーゼの砦で行います。食べ物はそれぞれの旅一座でちゃんと総量を決められ、帳簿に記されます。決まった量を使い切って仕舞えば、その一座に分ける分はもうないということは承知おきを」
「それは当然だろうな。一座だけではない、各国の民草にも同じことが言えるのだろう?」
「グーベックの言う通りです。言うまでもないことですが、もしも欲をかけば砦にいる兵士から槍を向けられるものとお考えください。ロア様ははっきりと「旅一座であろうと、貴族であろうと、自分から人数を減らしたいなら、こちらは止めない」と宣言しています」
誰かがごくりと喉を鳴らす。
「それで、食糧の引き渡しに関しては、この割符と、符丁を使います」
言いながらゾディアが取り出した木札には、ル・プ・ゼアの文字が半分に割れていた。
「双方で預かり、文字が合えば”契約した”旅一座と判ずるわけだな。それで、符丁は?」
「それは皆様それぞれがお決めになってください。他言されぬようにお願いします」
「なるほど。こちらは賊に成り代わられた時の対策というわけか」
グーベックが納得したところで、頭領の一人が疑問の声を上げた。
「そういえば、悪党の手立てはどうなるのだ? 安全を確保といっても、グーベックが言った通り、噂を聞きつけた賊どもが旅一座を狙う可能性は十分にあるぞ」
「そちらに関しても手当を……」
そこまで言いかけたところで、扉がノックされる。
わずかに緊張が走る中、ゾディアが「どうぞ」と声をかけた。
ぎい、と音を立てて開いた扉からひょっこり顔を出した人物に、流石のゾディアも驚きを隠せない。
「ロア様!? なぜここに!?」
ゾディアの言葉を聞いた頭領たちはさらに驚愕する。数名は立ち上がってのけぞるような姿勢をとった。
「やあ、ゾディア。実はゲードランドに用があってね。ゾディアにも頼みがあったから、リーゼにやってきたのだけど。そうしたら丁度、ゾディアが説明の場を設けているって言うじゃないか。良い機会だからお邪魔してみたんだ」
そんな風に気軽に入室してくるロアの後ろからは、ウィックハルトにラピリア、そして双子が付き従っている。双子は獣のような気配を隠そうともしていない。牙を剥き威嚇する肉食獣のようだ。
「さて、みなさん。初めまして。第10騎士団副団長のロア=シュタインです。ええっと、どこまで説明が進んでいるのかな?」
ゾディアが話した内容を説明すると、ふんふんと頷いたロアは「ここからは僕が説明するよ」と引き継ぐ。
「それで、賊への手当てなのですが、ルデク、ゴルベル、帝国のいずれも、旅一座に数名の護衛をつける予定です。もう両国にも話はついていて、了解ももらっている」
「旅一座ごときに、護衛を?」
グーベックが訝しげに問うと、ロアは「そうですね」とあっさりと返す。それからグーベックの顔を見て、「ああ」と笑顔を見せた。
「ラ・ベルノ・アレのグーベックさんですよね」
名乗る余裕のなかった頭領たちは、いよいよもって驚きの表情を見せる。ラ・ベルノ・アレは有名とはいえ、グーベック自身の名前を知るのは馴染みの領主か、旅一座の同胞くらいだ。
「どこかで……お会いしたことが?」
グーベックの問いに、ロアは少し目を見開く。ゾディアにはしまったという顔に見えた。おそらく、ロアの知る未来でグーベックのことを知ったのだろうと判断する。
「まあ、ラ・ベルノ・アレは有名ですからね」
そんな風に誤魔化すロア。なおも困惑するグーベックに対し、ゾディアはロアの言葉を補足した。
「グーベックにも以前にお話ししたことがありませんでしたか? ロア様は旅一座の文化などにも詳しいと。私たちの挨拶や、「ローレフの悲鳴」などもご存知です。グーベックの名前を知っていても不思議ではありません」
ゾディアに補足されたグーベックは、「そ、そうか……」と呟いてから、改めてロアを見て名乗りをあげる。
「ご挨拶が遅れ申し訳ない。おっしゃる通り、ラ・ベルノ・アレのグーベックと申す。この度は我々のような者にまで心を砕いていただき、本当に感謝したい」
グーベックの挨拶が呼び水となり、頭領たちが次々とロアに名乗ってゆく。ロアはその都度「ああ、あの有名な軽技の」だとか、「確か帝国を中心に巡っている旅一座ですね」などと返事を返し、頭領たちの目を剥かせていた。
一通り挨拶を受けると、ロアは続ける。
「先ほどの護衛の件ですが、ゾディアから説明があった通り、今回は節制を強いられる民たちの気分を少しでも晴らしてあげることができればという目的です。国からの依頼ゆえに、護衛をつけるのは当然です。尤も、多くても10数名程度にはなってしまいますが。まあ、正規兵が一緒にいるところを襲う賊はあまりいないと思います。それとこちらとしても、別の目的もありますので」
「……その別の目的を伺っても宜しいか?」
「もちろん。と言ってもそんなに大した話ではなく、普段は目が届かないような場所を警備すると言う意味合いも含めて、兵士を同行させます。多分、食い詰めて無茶をする悪党もいるでしょうから」
「それは、そうですな」
「そしてもう一つ、お願いがあるんですよね。今回やって来たのはその件で」
ロアがそのように言うと、口調は穏やかにも関わらず、全員がロアに飲まれたように怯えたような表情を見せた。
相手が王族でもない限り、あまり相手の立場に頓着しないグーベックさえも、些か表情が引き攣っている。
「……私も聞いていないお話ですか?」
ゾディアの言葉に、ロアは頷く。
「ゾディアとの打ち合わせの後に思いついてね。それでゲードランドにも立ち寄ってきたんだ」
ここから、旅一座の頭領たちは思い知る事になる。
本当の意味で、ロア=シュタインと言う存在を。




