【やり直し軍師SS-4】ショルツ④
「ルデクはこれを待っていたのか……」
「これ? 凶作を? そのようなことができる訳がない。ルデクには悪魔でもいるというのか?」
「ルデクに何がいようと、今は問題ではない。それよりも重要なのは”兵糧がない”ということだ」
「他の国から支援は受けられぬのか?」
「無理に決まっている。ルブラルの外交官には鼻で笑われたらしい。『食料が無いことなど説明するまでもない』とな。コンヌル……あのリフレアの面汚しめ!」
「もしも……もしも、このままルデクから包囲され続けたら……」
その一言で、先ほどまで喧騒に包まれていた聖騎士団が静まり返る。
ショルツも考えていたことだ。同時に、考えないようにしていたことだ。脳裏に妻と子供達の顔がよぎる。
ーー戦いどころではない。国が、飢えるーー
既にルデクが大量の食料を確保できていることは聖騎士団でも周知のことだ。というか、ルデクがおそらく意図的に流したであろう情報に対して、自国内の状況を確認したら、実は食料はありませんでしたというお粗末な状況が現在のリフレアなのである。
室内に嫌な空気が広がった。
「そもそも、なぜ、ルデクを裏切ったのだ……」
兵士の誰かの呟きが、妙に響く。今更の話ではあるが、上層部に対する不満を止めるものは最早いない。
「いっそ、ルデクに降伏するか……」
その言葉には流石にエルドワドが動いた。言葉にした兵士の胸ぐらを掴み、低い声でゆっくりと言葉を吐き出す。
「猊下を、そして我が国のことを想う誉ある聖騎士団の一員であるならば、間違ってもそのような言葉は吐くな!」
エルドワドに胸ぐらを掴まれた兵士はすぐに言葉のあやだったと撤回したが、ショルツはまずいなと思った。
口を滑らせた兵士に対してではない。今のやりとりを見て憤っている兵士の少なさにだ。
表情だけで全てを把握できるわけではないが、下手をすればこの場にいる兵士の半数近くが、エルドワドの叱責を冷めた目で見ているように感じた。
明確な士気の低下にショルツは危機感を感じる。このような状況で、我々に一体何ができるというのか? いや、なんとかしなければならないのだ。そうでなければ、妻も、子たちも飢える。
淀んだ空気が漂う室内。不意に、文字通り空気を入れ替えるように扉が開かれた。
入ってきたのはサクリだ。
「ふむ……この様子では、我が国が飢え殺しになるのを悲観しておる、そんなところか……」
こちらの様子を見て、一人納得したサクリは皆の視線を浴びながら続けた。
「安心せよ。ルデクは動いた。我々は予定通りフェマスで迎え撃てば良い。そしてフェマスでルデクを敗北せしめれば、そのままルデク領へ傾れ込む。ルデクが食料を抱え込んでいるのは既に知っておろう? それらを奪えばなんの問題もない」
さも勝つことが既定路線のような自信溢れるサクリの言葉に、ショルツであってもまるでサクリが未来を見てきたような錯覚を覚える。
同時にショルツは冷静に周辺の状況を見る。やはり、サクリの言葉にも訝しげな者達が一定数いる。
「さて、のんびりしている暇はない。此度の戦い、リフレアの命運を握る戦いとなろう。可能な限りの兵力をこの地に集める。貴殿らの健闘を祈る」
サクリはそれだけ言うと早々に退出してゆき、ショルツは自然とその後を追った。
「サクリ殿」
廊下を進むサクリは、少し眉根を寄せてショルツの方へとを振り返る。
「どうなされた?」
ショルツは少し言い淀み、しかし、意を決して口を開く。
「軍師殿は既に兵士の配置をお決めですか?」
ショルツの言葉に、サクリは珍しく少し首を傾げ、
「どういう意味ですかな」と問うた。
ショルツの頭の中に、もう一度、子供達の笑顔がよぎった。負けるわけには、いかない。いかなる理由があっても、此度の戦いに負けることは、愛する者たちを飢えさせることに直結するのだ。
「……あってはならぬ事ではあるが、兵士の中に士気の格差が発生しています。ここは、士気の低い者を先にぶつけ、互いに疲弊したところを精兵で突き崩すと言うのは如何か?」
仲間を当て馬に、捨て駒にする。我ながら非道な選択だと思う。だが、なりふりをかまっている場合ではない。俺は聖騎士団として、猊下を、そして民を、……愛する者たちを守らねばならない。
ショルツの言葉を聞いたサクリは少し面白そうな顔をした。
「なるほど……、なるほど……。これから私はコンヌル殿の釈明の場に出席せねばなりませぬ。詳しくはその後に、我が部屋でお待ちいただけますかな?」
「……では、そのようにしましょう。後ほど」
「ええ。後ほど」
サクリを見送ると、ショルツはサクリの部屋へ。部屋に入ると意外な人物が待っていた。
部屋にいたのは二人。一人は元第一騎士団の新しい指揮官であるヒーノフだ。正直に言えば、ショルツはヒーノフがあまり好きではない。渋い顔をしたショルツを、ヒーノフはわざと気付かぬ様子で両手をあげて出迎える。
「これはこれは、誉高き騎士長が五席一人、ショルツ殿。どうされたのですか?」
「……サクリ殿にここで待つように言われたのだ。ところで、そちらはどなたか?」
ショルツはヒーノフから視線を切って、粗野な格好のもう一人の男を見た。
「ブートスト。元、ゴルベルの将だ」
ぶっきらぼうに名乗る男。
「ブートスト? ゴルベルのブートストといえば、四将の一人ではないか?」
ショルツの言葉に、ブートストは自嘲気味に笑う。
「……そのように呼ばれたこともあったな」
「なぜ、リフレアに?」
「さてな? 俺が聞きたいくらいだ。知りたければサクリに聞いてくれ」
要領を得ない返事に、ショルツも言葉をつぐんた。
それからしばし、誰も口を開かぬ奇妙な時間が流れ、ようやくサクリが戻ってきた。
「どうなったのだ?」
サクリが席に座るゆとりも許さずに、詰問口調で問い詰めたのはヒーノフ。
「全軍を以て、フェマスで決着をつけます」
予定通りとばかり、サクリは答えた。
ショルツは「ここに至っては、それしか無いでしょうね」と口にする。
最後に「勝ったら約束を守ってもらう」と言ったブートスト。
その言葉を聞いたサクリは、「無論です。ここで勝てば、ゴルベル全域は貴方様の物」と暗い笑みを見せる。
そうしてから、フェマスの戦いに向けて、ショルツ達へ策を伝え始めるのだった。