【やり直し軍師SS-395】グリードル79 平野の覇者④
砦に向かって列をなしている行列。それらは部材を運び込む群である。
既にグリードル軍の野営地には、持ち込まれた部材が山のように積まれており、組み立て作業のために次々と持ち場に分配されてゆく。
敵の砦を目前にしての、このような豪胆な光景を、グランディアはやや呆れ気味に見つめていた。
これは、オリヴィアの立案した策。
『エニオスの主だった貴族には、兵ではなく資材での協力を求めておる。その方があやつらも抵抗が少なかろうて。資材を集め、砦を造る。そこでエニオスに睨みを利かせ続けるのよ。以降は戦わずとも良い。向こうが勝手に瓦解するであろうよ』
今のところオリヴィアの言葉の通りになっている。言われてみれば然もありなん。有力貴族とは、すなわちエニオス国内で多大な恩恵を受けてきた者達だ。
たとえグリードルに靡きたいと考えても、いきなり祖国に槍を向けるには抵抗があるし、リスクもある。
中小貴族は選り好みできる立場にないが、力のある貴族ならばそれができる。勝者を見極めるギリギリまで旗幟を鮮明にしなくとも、生き残る手立ては残されているのだ。
ただし、それは今までの常識であれば、だが。
陛下はナステルの統治において、かなりはっきりとした賞罰を下している。端的に言えば味方をすれば厚遇し、そうでなければ滅ぼす。
最後まで抵抗を見せ、己を高く売り込もうとしたナステルの北部貴族は例外なく消え失せた。
一切の容赦なし。途中で降伏の意思を示しても、全て無視する徹底ぶりであった。
取り潰された貴族の中には、グランディアの顔見知りも多くいた。だが、陛下のやりようを悪様に言うつもりは毛頭ない。
敗戦国でありながら、己の地位を押し上げようなど、土台都合が良すぎるのである。
時代は変わったのだ。今までは有効であった慣例、馴れ合いはもはや通じはしない。
グリードルに降り、グランディアは悟った。新たな秩序を生み出さんとしている力を。
そしてそれを感じているのはグランディアだけではない。むしろ、貴族連中の方がその辺りの機微には敏感であろう。
結果が今、グランディアの目の前にある行列である。
つい数日前まで何もなかったこの地に、眩暈がするほどの速度で砦が築かれてゆく。
その様を見て、グランディアはまた別の人物を思い浮かべた。
『オリヴィア殿、貴族達に資材を用意させるならいっそ、すぐに組み上げられるように、それぞれの領地で予め部品を組んで、持ってこさせれば良いのではないのですか?』
『それは合理的です。ならば事前に統一規格を作った方が良いですね』
さも当然のように言い放ったのはリヴォーテ、そしてフォルクだ。いずれも若手の中心人物。グリードルには、若い人材が闊達な意見を自由に述べる事ができる空気がある。
2人の意見は即座に採用され、グランディアには理解できぬ速度で物事が進んでいた。
エニオスの動きはまだない。おそらく率いているのはキエトロであろうが、慎重を通り越して愚鈍にすぎる。
いや、グランディアは首を振った。エニオスの将を謗る資格は自分にはない。おそらく、グリードルから見ればナステルもまた、同じような様であっただろうから。
グランディアは時代が変節する速さを実感しながら、ただ黙って列を見つめ続けた。
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「砦ができているとはどう言う意味か?」
キエトロの言葉に、部下は頭を下げて繰り返す。
「ホウジャのあたりに巨大な砦ができております!」
「だから、何が起きたか聞いているのだ!」
「わ、分かりかねます。しかし、ものすごい勢いで砦ができており……」
なんら増えぬ情報に苛立ちを隠せぬ中、その待望の続報が届く。
「ホウジャの砦には多数の旗印! 確認できたのはレミニ、オラサーレ、ミドラブ他多数!」
それらの名前を聞き、キエトロの胃の腑が重くなる。
「見間違いではないのか?」
「間違いございません」
いずれもエニオス東部の有力貴族の名前だ。これほどまでに帝国の魔手が伸びていたのか。いや、或いは3家だけではないかもしれん。
「完成しているのは5割ほどです! 今ならまだ!」
配下の言葉に、キエトロは悩む。現在の兵数に大差なく、有力貴族達の協力を確認した今、それらの私兵が合流している可能性も否定できない。
そして何より、今、この砦にいる者達は信用できるのか?
疑心暗鬼が心をよぎる。
「……まずは、王都に援軍を依頼せよ。少なくともあと5000は必要と伝えるのだ」
「……は、ははっ!」
こうしてキエトロが戦いを躊躇する中、グリードルはエニオス東部の実効支配を強めてゆくのであった。