【やり直し軍師SS-393】グリードル77 平野の覇者②
無人の荒野をゆくが如し、とは些か言い過ぎであろうか?
エニオス侵攻の総指揮を任されたグランディアは、少々拍子抜けに思いながら、エニオス領を駆けている。
皇帝陛下より任されたのは3000の兵だ。他国に攻め込むには心許ない兵数である。しかし、今回の戦略立案者であるオリヴィアが言ったのは、「少し多いかもしれんの」だった。
そして今、グランディアは5300もの兵士を引き連れて進軍している。増えた兵士は、早々に降伏を決めたエニオスの貴族の私兵たちだ。
連合軍とグリードルの戦い、通称6ヶ月戦線ののち、オリヴィアが最も調略に力を入れていたのが、このエニオスである。
エニオスは平野でも最も不安定な状況にあった。連合に誘われなかった事による疎外感、そしてグリードルからは相手にされず孤立している。
この国に住まう者達が、多かれ少なかれ不安を覚えるのは無理からぬ話。
そしてオリヴィアはそこを徹底的についた。特に、旧ナステルから吸収した帝国南部の貴族達のつてを最大限に活用し、とにかく接触を試みたのである。
内容は当然、降伏の誘い。
条件は領地と財産の半分を、陛下に差し出す事。
一見傲慢な提案に見えるが、オリヴィアはここからが上手かった。
『提供してもらうのは、帝国を良くするための協力金である。グリードル帝国皇帝、ドラク=デラッサは、いかなる者の恩義も忘れはしない。疑うのであれば、モンスー=テリグラの例を見れば良い』
そのように添えたのである。
モンスー=テリグラ、旧名をモンスー=メルドー。グリードル帝国とは因縁の深いメルドー家の縁者。6ヶ月戦線ではグリードル勝利の一因となり、それを以て陛下より赦しを得られたのだ。
現在は南部帝国領に所領を構え、新たな家名を名乗り、その名を残すべく奮闘している。
メルドー家とグリードルの関係は、広く知られるところだ。いくら戦線から離れたエニオスといえど、貴族であればこの因縁を知らない家など存在しない。
加えて、早々に帝国へ寝返ったナステルの貴族達も、それなりに地位が保障されているのを目の当たりにしている。
とどめが6ヶ月戦線の結果である。
この一戦で、グリードル帝国の強さに身慄いした貴族は少なくないだろう。いつ、その矛先がエニオスに向くかと恐々としたはず。
そしてその日はやってきた。
貴族達の判断は早かった、グランディアが国境を越えてすぐに、我先にと私兵を連れて協力を申し出てきているのである。
グランディアはオリヴィアが続けて放った言葉を思い出す。
『そもそも、グランディア将軍自身が、歩く証拠みたいなものであるからの。精々、帝国で良い思いをしていると喧伝するがよかろう』
全く、抜け目のないものだと苦笑するしかない。確かにグランディアは厚遇されている。敗戦の将にも関わらず、6ヶ月戦線において陛下は重要拠点を任せるという選択をした。
さらに、6ヶ月戦線を終え、論功行賞が行われると、爵位と領地も下賜されたのだ。なんだかんだ言って、陛下は義理堅い性格をしている。オリヴィアの口説き文句である、『恩義を忘れない』と言うのはあながち誇張ではない。
そんな事を考えていると、グランディアの前に兵士の影が見えた。数は多くはない。30名ほどであろうか。こちらを確認すると、その中から一人近づいてくる。
「降伏の使者でしょうか」
「おそらく間違いないだろうな」
ここまで幾度となく見てきた光景である。グランディアは一度行軍を止め、使者を出迎える姿勢を整えるのだった。
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エニオスの王、ガトゥーゾの元には、耳を疑うような情報ばかりが届く。
「リャネル家も降伏しただと!?」
グリードル軍が自国の兵士を吸収しながら、領内を蹂躙しているという。
「我が国の守りはどうなっているのだ!?」
ガトゥーゾが怒鳴ると、隣に侍っていた妻の一人がびくりと体を震わせる。
「おお、すまぬ。お前に怒ったわけではないのだ。ほら、部屋に戻っておるといい。すぐに私も向かおう」
猫撫で声で妻を送り出すと、再び報告した兵士へと鋭い視線を向けるガトゥーゾ。
「で、キエトロはどうしておる?」
「はっ、キエトロ様はオラージュの砦に兵を集め、帝国兵を撃退する準備を進めております!」
「そうか。ならばキエトロに伝えよ。我がエニオスの強さを思いしらせよ、と」
「はっ! ……他には何かお伝えいたしますか?」
「他? 必要なかろう。私は忙しい。あとはキエトロに任せる」
ガトゥーゾはそれだけ言うと、そそくさと自室に戻った妻の後を追い、謁見の間を後にした。




