【やり直し軍師SS-392】グリードル76 平野の覇者①
更新再開いたします!
またお楽しみいただければ嬉しいです!
ランビューレ宰相、スキット=デグローザは、例え腹を立てたとしても、物に当たる事はほぼない人間であると自負している。
理由は単純で、物に当たった時の損失と、一過性の怒りの収支が釣り合う気がしないからだ。だが、今日は思わず目の前に置かれた酒の瓶を掴んだ。
それでも投げつけて台無しにしなかった自分を、褒めてやりたいほどの苛立ちだった。思いとどまれたのはその酒が滅多に手に入らない、年代物のディサークだったというのもあるかもしれない。
「では、王は翻意されませんでしたか」
「力およばず、申し訳ない」
悔しそうに頭を下げたのは、ランビューレの将軍、ミトワだ。ミトワ以外にも、ルービスやザモスといった武官がスキットの部屋に揃っている。
スキットの元へと集まった者達は、連合軍による帝国侵攻において、スキットが頼りにした人物達である。
いずれもスキットの危機感を共有し、その志に共感している。先の大戦を経て、苦しい立場にあるスキットからすれば、最も信頼できる同胞達だ。
しかし同時に、ここにいる面々は現在のランビューレにおいて、非主流派の立場に甘んじている。
原因は連合軍による侵攻の失敗。併せて発生した莫大な損害。スキットをはじめ、好戦派であった武官は、それらの責任の一端を負わされたのである。
表向きの一級戦犯はライリーンであり、ライリーンの処罰が死刑であるのに対して、スキットらは降格さえしなかった。客観的に考えればかなり寛大な処分ではある。が、発言力は明確に減じた。
現在のランビューレは、この機会を逃すまいと台頭してきた保守的な派閥の独壇場である。三宰相の残りの2人、キャナンドとルーゴも、最近は保守的な発言が目立ち、スキットとは距離をとりつつあった。
それでもスキットはグリードル帝国の危険性を声高に説き、折に触れて出兵を促した。だがランビューレ王の腰は重く、結局2年以上の時を無為に費やしたのだ。
そして届いた一報。
―――グリードル帝国、エニオスに侵攻―――
恐れていたことがついに起きた。この2年半ほどの間に、ドラクは体勢を立て直したのだ。これより、あの男の覇道は再開するとみて間違いない。
スキットはすぐに王に進言した。
『あやつらがエニオスに構っている間に、今度こそ総兵力で叩くべきです!』
しかし王には響かない。そこでスキットは、武官からも働きかけを頼んだのである。だが、結果は芳しいものではなかった。
「せめて、一部の部隊だけでも帝国との国境へ向かわせることはできぬものか」
スキットの言葉に、ミトワは首を振る。
「それも進言致しましたが……『エニオスを攻めているならば、我が国に兵を向ける余裕はないはずだ。無用に刺激するべきではない』と」
「馬鹿な……」
そんな訳がない。ドラクがランビューレを放置してエニオスに向かうなどありえん。むしろ、ランビューレへの出兵の目処が立ったからこそ、エニオスに手を出したのである。
王は再び帝国との戦いとなれば、また連合を組めば良いと思っている。いや、王というより、何もわかっていない現在の主流派どもの入れ知恵か。
何も理解していない。再びの連合軍などありえんのだ。
ルガーは説明するまでもなく、最早我が国と手を取ることはないだろう。今頃はこちらが差し出した資金を利用して、北のツァナデフォルとの連携に注力しているはずだ。
そしてズイストも戦力として数えられない。内乱後の国内情勢は未だ不安定と聞く。それに加えて帝国のエニオス侵攻という一手。これが良くない。
エニオスが揺れている今、国境を接しているズイストは警戒せざるをえない。ランビューレへの援軍どころではないのだ。
おそらくだが、ドラクのエニオス侵攻の狙いの一つはここだろう。ランビューレへ援軍を出せないような状況を生み出したのだ。
唯一援軍を頼めそうなのがレグナ。
しかしそのレグナもどこまで信用できるか。
婚姻関係こそ維持しているが、元々レグナとの密約は、後々ルガーを滅ぼすためのものだった。現状、ランビューレにそれを履行できる計画はない。レグナがどう考えているか、そこが読めぬ状況だ。
「いっそ、我々だけでも前線に身を置きましょうか?」
ルービスの悲壮な一言。確かにそれも選択肢の一つではある。
だが。
「いや、それは最終手段だ。今我々が勝手な事をすれば、立場をより悪くするだけだろう」
それではいよいよ打つ手がなくなる。今はまだ、時を待たねば。
スキットはようやく、ディサークを掴んでいた指を引き剥がした。




