【やり直し軍師SS-39】語り手、大陸を巡る③
ルデク南西部にあるリーゼの砦。
かつては第七騎士団が、ゴルベルへの睨みとして滞在していた大きな砦だ。現在は第五騎士団の一部の部隊が管理している。
一部といっても、2500名ほどの兵士が守備しており、有事の際の最低限の防衛能力は保持していた。
この日、リーゼの砦の正門の少し先に、少々珍しい風景が広がっていた。
第五騎士団の守備兵達も興味深そうに眺める視線の先にあったのは、色とりどりの個性的な馬車の数々であった。いずれも、旅一座の所有する馬車である。
「ベルーマン、それにゾディア、久しいな」
2人に声をかけてきたのは、旅一座の中でも有数の規模を誇る、ラ・ベルノ・アレを率いるグーベック。
ラ・ベルノ・アレは演劇を生業とする者達だ。演劇を得手とする旅一座の中でも、最も有名といっても過言ではない。
ル・プ・ゼアも指折りの一座だが、ラ・ベルノ・アレのほうが名声は上であろう。
「グーベック、ルデクにいたのかい?」
気安く挨拶を返すベルーマンに対し、ゆっくりと頷くグーベック。
「先日丁度ルブラルからやってきたばかりだ。その矢先に「ローレフの悲鳴」の知らせを聞いて、慌てて来てみれば……何事だ、これは? 見たところ8つもの旅一座が集まってるなんて、余程だぞ? しかも肝心なお前らも元気そうだ、本当に「ローレフの悲鳴」なのか?」
グーベックの問いにはゾディアが応じた。
「ええ。ただし、悲鳴を上げたのは私たちではありません。私たち旅一座全員です」
ゾディアの要領を得ない返答に、グーベックは僅かに眉を顰める。
「……どういうことか、説明するんだろうな?」
「もちろん」
まだ眉を顰めたままのグーベックに、ゾディアは言葉を重ねてゆく。
「リーゼの砦の一角に場所をお借りしています。ひとまず集まれそうな一座の皆様は揃ったようなので、場所を移しましょう」
そのように言いながら、なおも何か言いたげなグーベックを強引に砦の中へと連れて行った。
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「凶作、か……」
リーゼの砦の一角に集められた、それぞれの旅一座の頭首達。ゾディアの説明を受けた彼らの反応は思ったよりも小さい。
理由は2つ。各地を巡る旅一座の情報収集力は高い。秋が迫る中、凶作はともかく不作の気配は多かれ少なかれ感じていた部分である。
もう一つはゾディアの存在。星読みのできる旅一座はいくつかあるが、ゾディアのそれは別格である。そのゾディアが、凶星を見たというのであれば無視はできない。
「あり得る話だが、凶作と我々が集められたことに何の関係があるのだ?」
集められた旅一座を代表するように、グーベックが疑問の声をあげた。
「旅一座のために、この先一年の食糧を確保してくれる御仁がおられます」
「何?」
「ロア=シュタイン様の名はご存知ですか?」
ゾディアが全員を見渡すと、残らず肯首。
「ロア=シュタインの名を知らんものはおらんだろうが、なぜに我々に食糧を提供する? 本当に凶作となれば厳しい未来が待っているが、かといって施しを受ける謂れもない」
グーベックの言葉にも、その場にいた頭首全員が再び頷いた。
旅一座は自由を愛する、誇り高き者達だ。物乞いのような真似をするつもりはないと考えるのはごく自然なことだった。
「もちろん、ロア様も無償の奉仕というわけではありません。これは、ロア様と我々全ての旅一座との”取引”となります」
「取引だと? ……今、この国はリフレアと戦争中だ。リフレアに俺たちを放って諜報にでも使うか?」
グーベックの言葉を、ゾディアは即座に否定。
「リフレアとの戦いではありません。その先のことです」
「その先?」
「どういうことだ」
「分かるように説明してくれ」
ゾディアとグーベックのやり取りを黙って見ていた頭首達も、たまりかねて声を上げる。そんな彼らをもう一度見渡したゾディアは、語りかけるように、ゆっくりと話し始める。
「凶作となれば、人々はどのような生活を送るのでしょうか?」
「……そりゃあ、節制を強いられるだろうな」
「いずれの国も、暗く、厳しい一年になります」
「……ああ。……まて、という事は……」
「グーベックのお気づきの通り、ロア様は食糧を提供する代わりに、各地の人々を一座の芸事を活かして、無償で慰撫して欲しいと、そのように」
ゾディアの言葉に、しばしの沈黙。ゾディアは続ける。
「と言っても、食糧をまとめて渡せば賊に狙われる可能性もあります。持ち歩ける量でもありませんし。その対策として、定期的にルデクに戻ってきていただき、適宜お渡しします。ですので、協力いただける一座の皆様の行動は、この期間に限りルデク、ゴルベル、帝国の3つの国に限らせていただきます」
「3国同盟か」
「はい。この地域内なら、ロア様がある程度の安全は保証できると」
「他の地域はどうなる?」
「ロア様曰く、「こればかりは各国の王が頑張ることで、僕らが面倒見る部分じゃないよ」と。なので3国以外の国の王が、同様の提案をされるなら、そちらに行っていただいても構いません」
「なるほど、尤もだな。そして俺たちが呼び出された理由も理解した」
「できれば今回集まれなかった皆様には、同じ説明をしていただけると助かります。ル・プ・ゼアは当面、このリーゼの砦に滞在しておりますので、ロア様の提案を受け入れる一座はこの地に来るように、と」
「……ロア=シュタイン、噂は十分に聞いていたが、どうもとんでもない男のようだな」
グーベックの言葉に、ゾディアは微笑みながら返す。
「多分、グーベックが思うよりもさらに、とんでもない御方だと思いますよ」と。